くだらねえオタクの話をする

2019冬アニメ一話一言感想

ケムリクサ

 曰く付きの作品。そもそも俺はけもフレすら見てないのであまり語ることはないがまあ一話だけじゃなんにも言うことはない感じ。

バーチャルさんはみている

 別に内容がゴミだってのは言わなくてもわかることだと思う。そもそも(ジャンル的に)これをアニメと呼ぶこと自体がおかしい。

revisions

 一応今期で一番期待してる。クソダサバタフライナイフマンをどれだけ面白く動かせるかが肝だと思う。

ガーリー・エアフォース

 戦闘機とセックスする話なのかと思ったら最後だけ普通に女が出てきて笑った。

約束のネバーランド

 面白いって噂は聞いてる。なんかどっかで見たことあるような設定だけどまあいいんじゃないですか。てか最近ジャンプアニメ多くね?

盾の勇者の成り上がり

 ぶっ叩くつもりで見たらそんなに悪くなかった。太郎とか次郎に比べりゃ十分に見れるレベル。ここから盾がほんとに面白い感じで成り上がっていけるなら評価できるけど、どちらかといえばどのタイミングでボロが出るかに期待してる。

ブギーポップは笑わない

 実は古典的名作ラノベは全然読んだことがないしあんまり興味もない。

ドメスティックな彼女

 姉がエロい。とりあえず十八禁にしてからもう一度持ってきて欲しい。なんか良さげな空気も感じるが俺みたいなオタクの見るジャンルなのかがよくわからん。

魔法少女特殊戦あすか

 硬派気取った魔法少女モノ。シリアスやりたいんだろうけどもうタイトルに魔法少女って付けてる時点で見る気が失せる。それにたぶん付いてなくても見ない。

W'z

 和民が潰れてミライザカになった。名前を変えたって俺たちはわかるんだぞ。

エガオノダイカ

 お姫様がシコれるタイプのカラーリングしてる。軍事モノをやるにしては穏やかな一話だったしいまいち方向性が掴めない。タイトルがシリアスを主張してるし、もっとお姫様が可哀そうな目にあってくれたりしないかなと思う。
(若干趣旨に逸れて二話の話をすると、かなり期待に沿った感じに進みそうで興奮した)

荒野のコトブキ飛行隊

 空戦シーンのカメラワークとか効果音とかリアル寄りの地味さとかあのどう考えても無駄な尺の長さとかがすごい凝ってるけど俺は特に興味ないし普通につまんねえアニメだなと思った。

私に天使が舞い降りた

 よくあるロリアニメだなとしか。

風が強く吹いている

 2クール目。安定してる。

モブサイコ100

 二期っていうか2クール? まあ安定して面白いね。

ぱすてるメモリー

 まあつまんないと思うよ。なんか二話まで見ちゃったけど、作品世界に入ってどうこうとかいう流れでちゃんと実現する作品のパロディをやるのはいいのに、料理の仕方が下手だなって感じ。あとごちうさキャラをゲロブスにするのはマジでセンスない。

サークレットプリンセス

 近未来タイマンバトルスポーツをする話。素人主人公が架空のスポーツをよく知らないまま初体験して参戦する流れ、どっかで見たことある気がする。

 えんどろ~!

 キャラの作画とか動きは良い。設定はまあ悪くはないと思う。魔王がなんか狙いすぎてて好きになれそうにない。特別な見どころもないし、そのうち誰も話題にしないまま消えそう。

まとめ

 そろそろ本気で不作のシーズンがきてると思う。とりあえずrevisionsに一票を入れておく。面白くもないしネタにもならない有象無象がマジで多いんだけどどうなるんでしょうね。

『ラブライブ!サンシャイン!! 劇場版』感想、虹より先のもっと向こうの話

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 サンシャインに関してはただアニメ一期と二期を見ただけのμ'sファンが『ラブライブ!サンシャイン!! The School Idol Movie Over the Rainbow』を見てきたらわりと面白かったので話をしたいと思う。

※ネタバレをするので気にする人は気にしてください

概要

 ラブライブ優勝を果たし、廃校阻止にこそ届かなかったものの一つの目標を成し遂げたAqoursの9人。二期の最後では卒業式を迎え、三年生トリオはそれぞれの進路へ、一二年生は統合先の学校でもAqoursとして活動を続けていく……というのが劇場版に至るまでのあらすじ。

 劇場版は卒業式が終わって新学期が始まるまでの期間の話。卒業旅行に消える三年生を見送って、残された一二年生は新たな環境での活動を模索していくが中々うまくいかない感じ。いきなりニューヨーク送りになった初代劇場版と比べると、ややスローで下向きな序盤から物語は始まる。

 ここでAqoursの特筆すべき点として、三年生の卒業後も活動を続けようとしている、という点が強調される。
 ちなみに俺は作品的にも個人的にもAqoursはμ'sと比較してなんぼだと思っている。三年生の卒業を区切りにグループを解散し「今が最高」で締めくくったμ'sと、メンバーが変わってもグループを続けようとするAqours。その対比こそが劇場版を見る際に最もアツい点であり、その決断にどういう落とし前をつけるのかが二つの劇場版の見どころであるのは言うまでもない。

 またSaint Snowの取り扱いも今作の注目点。姉の聖良が卒業するSaint Snowの妹の方、理亞も新たなメンバーを集めて姉がいない環境でのスクールアイドル活動に悩みを抱えており、6人残るAqoursに対し1人になった理亞はその重荷も計り知れない。ここのエピソードは劇場版のテーマを語るにあたっても重要なポジションを占めており、俺の中でのSaint Snow株もまた、かませ役の如き登場シーンをかました一期の頃とは比べようもないくらい上昇した。

もっと向こうへ

 あんま上手いフレーズが思いつかないんだけどだいたいの答えはそういうこと。今作のサブタイトル「Over the Rainbow」は決してそれっぽいものを適当に付けたわけではなく、「虹」ラブライブに優勝した今として、それを超えたその先の物語であると捉えることができる。

 ちなみに「今が最高」と定義したμ'sは、自分たちの活動を輝かしいその瞬間で終え、その先の物語を後へ続くスクールアイドルに託した。自分たちの活動を「僕たちはひとつの光」で完結させて、その後の物語を「SUNNY DAY SONG」でスクールアイドル全体に拡大させて受け継ごうという発想である。

 それと対比すると、AqoursはあくまでもAqoursそのものが存続する話。つまりAqoursは今が最高なだけではなく、その後も最高ではなくてはならない。作中で何度も繰り返される「もっと向こうへ」「更にその先へ」という言葉は、三年生がいなくなった後のAqoursの活動を示唆している。ゼロから1へを目標にしてきた彼女たちが、今度は1からその先を作るためにはどうしようか、というのが今後の課題である。

 とはいえ、やはり三年生が抜けた穴は大きい(ということになっている)。6人に減って戦力がクソ雑魚になった彼女たちは三年生の尻を追いかけイタリアにまで向かう始末であり、せっかく1を作り上げた彼女たちは再びゼロに戻ってきたかのようなメンタルに陥る。そんな中、海外でのライブやSaint Snowとの疑似決勝戦を通して彼女たちが気づくのは、三年生が卒業してもそのまま積み上げてきたすべて消えてなくなるわけではないということ。月並みではあるが卒業した三人の魂は残った六人の心の中へと受け継がれていくものであり、だから新しく始まる活動もゼロから始まるわけではなく、1から更にその先の活動として始まるわけである。

 また、今作では特に「変化」を受け入れるシーンが目立つ。特徴的なのは、理亞をAqoursメンバーに受け入れようかという話題の際に千歌がさらりと口にしたAqoursは何人って決まってるわけじゃないし」という台詞。あくまでも9人のμ'sにこだわった初代と異なり、メンバーが減っても増えてもAqoursでありつづけようとするサンシャインを強調する台詞として印象深い。それ以外にも、新たな学校や新たな練習場所、新たなキャラ(竿役ことツキちゃん)などを加えて変わりゆく環境を肯定していこうという姿勢が見える。
 これは、廃校を阻止できなかったというAqours唯一の心残りを乗り越えるために重要な要素。いっそ原点回帰とも思える。三年生の卒業だけでなく、廃校という最もネガティブな要素すらも受け入れてその先へ進もうとするその意思を見せつけることで、廃校問題にようやく決着がついたと言えよう。

理亞ちゃんのお尻

 ただのライバルユニットではなく、もう一つの主役として描かれる今作のSaint Snow。上にも書いたが、1人で残される妹の理亞はAqoursの6人よりも負担が大きい。特に陰キャ属性の理亞が新メンバーと上手くいかずスマホを投げ捨てるシーンはとても心にくるものがある。姉離れする妹の成長はルビィにも共通して描かれているが、そこで鍵になるのが二つのユニットで行う疑似決勝戦。というかほぼSaint Snowの卒業ライブ

 理亞が心残りに思っていたことはすなわちラブライブ本選に出場できなかったこと。それをやり残した状態で先もクソもねーだろと卒業ライブを敢行し、Saint Snowはその活動に一つの区切りをつける。まあ理亞はSaint Snowそのものを続けるのではなく新しいユニットとしてスクールアイドルを続けようとしているので、姉との最後のライブを終えなくては先に進めなかったわけですね。
 姉とすべてをやり切って、その上で新しい活動を始める理亞。そしてこれが必要だったのはAqoursも同じで、区切りをつけるためにAqoursも卒業ライブを行う。観客のいないライブはつまり自分たちのためにやるライブだからであって、そういう意味ではμ'sの僕たちはひとつの光と通ずるものがある。区切りは大事。

 あとあれ、はっきり言って今作のライブシーンのうちでSaint Snowのそれが一番好きだった。なんか他の曲がいうほどパッとしなかったからってのもあるけど、ここは曲も映像もすげえ気合入っててかっこよかった。特に理亞ちゃんのが執拗にズームされててよかった。かっけえイントロにどこから出てきたのかわからない光線に颯爽と現れる。お涙頂戴ではなくかっこいい卒業ソングっぽい歌詞といきなり差し込まれる。ぶっちゃけ画面が暗くてよく見えなかった

まとめ

 エピローグで流れる、新しく高校生になるのであろう少女たちの会話。は?お前知らねえのAqoursだよ、あー俺も輝きてえな。みたいな台詞は普通怪獣である一期一話の千歌が発するようなそれであり、彼女たちは恐らくこの後Aqoursに入って更にその先の物語に関わっていくのだろうと予感させる。μ'sに入らせてもらえなかった某妹が聞いたらガチ切れしてもおかしくないが、それがAqoursの受け継いだ功績でもある。

 でも実際の運営としてはAqoursに新メンバーが入るってことはないんだよな。これがアニメでやる感動的な物語と世知辛い現実の祖語。まあいいけど。それからお話的にも、一度は三年生が出てこないライブをやった方が説得力増すよなあでもどうせやらんだろうなあと思ってたら一応ラストが形式上はそれっぽい感じになったのでその辺で手を打ってやってもいいと思った。

 とにかく、想像してたより全然面白かったですね。初代と同じようにラブライブ優勝した後の身の振り方について描いた話で、それでいて初代とは異なったテーマと結末をちゃんとやり切ったのは想像以上だった。ただエンタメ的にはライブシーンが弱かったというか、途中の海外編がなんかいらんかったというか、初代でいうところの「今が最高」みたいな激強ワードのパンチが足らなかったというか、まあ語るとキリがないけどとりあえず一つの作品の最終章としてとても綺麗に終わっていたと思います。はい。

Awaken the power

Awaken the power

 

 

2018秋アニメを見終わった感想

今期実はそんなに見てないけど一応やる。

色づく世界の明日から

 絵がシコ。雰囲気が良い。ストーリーはよくわからん。最近これ系の青春モノを見ると全部同じに見える

火ノ丸相撲

 悪くはなかった。ただあえて見るほどではない。

モブサイコ100

 面白い。アクションも良いし師匠が要所でちゃんと活躍するのも好き。

キャプテン翼

 スカイラブハリケーンが見れたので満足

SSSS.GRIDMAN

 安定。最終回が思ったよりほどほどだったのがなんとも。最後の実写演出は別に好きでも嫌いでもないです。

青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない

 今更こんな青春学園モノ見せられてもって感じだけどまあとりあえず見るぐらいのクオリティを持ってた。

寄宿学校のジュリエット

 最近だとあんまり見ない感じのあれだったからなんとなく見てた。ヒロインが可愛い。他に見どころはない。

ゾンビランドサガ

 強い。

俺が好きなのは妹だけど妹じゃない

 作画崩壊アニメ。別に作画があれじゃなくても普通につまんなかったと思う。これならエロマンガ先生でいい。

風が強く吹いている

 結構面白い。2クールのすごい中途半端なところで1クール目が終わったのが気にくわないけど続きも期待できる

まとめ

 完走したのは十本。リリスパとかあかねさすとか見よう見ようと思って結局見なかった。まあ割と悪くないクールだったんじゃないですかね、ゾンビランドサガとかのアニオリが強いと楽しい。アニオリ以外も(俺はあんまり見てないけど)評判良い感じ。

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『ゾンビランドサガ』最終回感想、持っとらんアイドル持っとるオタクの話

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 一ヶ月以上ぶりの投稿に、今期最強と名高いアイドルアニメの話をしようと思う。
 まあ正直誰が見ても普通に面白いしわざわざ語ることなくねーかって途中まで思ってたんだけど終盤の展開が俺好みなのでその辺に寄せた話をしましょう。

概要

 スタッフとかは全然知らないので割愛。
 設定としては、よくあるご当地アイドルアニメにゾンビを足してイロモノっぽくした感じ、というのが当初の印象。それが二話のラップパートからいきなり頭角を表し勢いの良さを見せつけてくる。その後、中盤からはアイドルアニメとしても完成度の高い展開を繰り広げて作中リアル共々人気を獲得する。ついでに正雄パートではありきたりなお涙頂戴エピソードを上手く調理することで自力の高さもアピール。そして最後にはさくらの“持っとらん”発言を筆頭に作品テーマへと繋がるお話で綺麗に締め。
 とっちらかっているようで高水準。ギャグかと思わせてホロリと思わせる展開。そして広げた風呂敷をほとんど畳まないのにそれを気にさせない勢いのあるストーリー。まあそんな感じ。要素が多いから一個ずつ取り上げてたらキリがないね。

持っとらんアイドルの話

 はい本題に入ります。11話にて主人公のさくらが記憶を取り戻し、なにをやっても報われない自分を指して繰り返し強調する「持っとらん」というフレーズ。ぶっちゃけこれ系のアニメだとちょくちょく見かけるテーマだとは思うんだけど、いかんせん今のところはまだ色褪せないオタク好みのテーマ。どこぞの「私には何もない」島村卯月を彷彿とさせる台詞だとしても構わないぐらいには永遠のテーマの一つだと言ってもいい。

 ただこれね、ゾンビランドサガの場合は某卯月と展開が一味違う。何が違うって、巽幸太郎の存在が違う。彼はさくらの「持っとらん」発言を、「お前が持ってなかろうが、俺が持っとんるんじゃい」と一蹴。そもそもさくらはゾンビになった時点で命すら持ち合わせていないアイドルであり、そのさくらがステージに上がる原動力として自らの秘められたあれとか誰もが持つそれとかを使えないのはある意味必然。そこで登場するよくわからん男のよくわからん期待が彼女をステージに導くのがこの辺のミソ。

 巽幸太郎が元々さくらのファン第一号だったことは回想で明らかになっている。なので「おれが持っとるんじゃい」というのも単に有能マネージャーが導いてやるという意味ではなく、ファンとしての巽がさくらへの期待を“持っている”という解釈をするのがたぶん妥当。
 そしてアルピノでのライブでは、他のメンバーの歌声や、フランシュシュがこれまで魅了してきたファンたちの手拍子に後押しされて、さくらが復活する。「思いに応えろさくら。お前の真の力は、追い込まれたときにこそ覚醒する」と巽が言う通り、さくらは基本的にスペックの高いアイドルではない割に、ここぞというところで活躍する。その“ここぞ”という場面にたどり着くまでが長いわけで、何度も死んで巽がお膳立てしてファンの期待があってようやくステージに立ったところで会場がぶっ壊れるトラブルに見舞われ、そうまでなっても思いに応えようと立ち上がることで彼女の力が覚醒する。
「何度でも何度でも立ち上がれ、諦めなければ終わりは始まりへ変わる」という歌詞がまさにそれで、この曲の歌詞は終始さくらというかフランシュシュの境遇を歌っているわけだけど、イロモノ的要素の意味合いが強かったゾンビという部分に大きな意味付けをしたのは本当に強い。人生の終わりが彼女たちにとっての始まりへ変わったのは、ゾンビになってでも立ち上がり続けたその心意気にあったというのは言うまでもないし、そんな彼女たちを後押しするエネルギーは彼女たちだけのものではなく、巽を始めとしたファンたちの熱意だったことも忘れないでおきたい。

巽幸太郎と“持っている”オタクについて

 では巽幸太郎がいかにしてさくらの代わりに“持っている”存在になったのか。まああのクソ短いシーンですべて説明がついているわけだけど、彼もまた始めは持っていなかったというのをちゃんと描写しているのが熱い。どこにでもいる学ラン着たつまんなそうな雑魚が女の子一人の笑顔に見惚れて謎のプロジェクトを開始するとかいうオタク臭いエピソードがこの物語の始まり。恐らくまあ、さくらがその生を終えたとき、巽はその終わりを始まりへ変えたのでしょうとそれっぽいことを言ってみる。

 作中の立場的な意味でも、ストーリー的な意味でも、巽幸太郎がもたらした功績は大きい。この男の物語がそこまで長く語られなかったのは正直残念ではあるが、そこで出しゃばらない辺りもいっそ影の立役者感がある。アイドルアニメでアイドル以外のキャラが立ってるのはお話的に素晴らしいことで、特に今作では巽以外のキャラ立ちも良い。初期から追っているデスメタルオタクにしろ、途中でファンになった様々なメンツにしろ、“持ってない”その辺の一般人が輝けるアニメ、それがゾンビランドサガ。あとロクな観光資源すら“持ってない”佐賀が輝けるアニメもゾンビランドサガ。何度でも立ち上がれ佐賀。

まとめ

 良いところを片っ端から挙げると大変なことになるので重要なとこだけまとめました。要するに“持っとらん”女の子が輝くために何度でも立ち上がるアニメは面白いということです。二期はやるんですかね。これを掘り下げようとするとまた毛色の違う話になってしまいそうだけどやるんだったら頑張ってください。

 

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『映像研には手を出すな!』感想、アニメを作りたくて死にかかってるオタクの話をする

映像研には手を出すな!(1) (ビッグコミックス)

 最近アニメで話すことがないから、代わりにアニメを作る漫画の話をしようと思います。

概要

『映像研には手を出すな!』(既刊三巻)とは、アニメを作りたい女子高生二人とお金を稼ぎたい女子高生一人が部活を立ち上げて自作アニメーションを作るお話。ちなみに作者の大童澄瞳は1993年生まれで今作がデビュー作。デビュー作のわりには作風がおっさん臭い。

 作品の特徴としてよく挙げられるのは、作中アニメの設定が異様に作りこまれていること。そしてアニメ作りの過程すらも作りこまれていること。あとはなにより、キャラのアニメ制作に対するこだわりがなんかすごいってとこ。

 作中アニメの設定はこんな感じ↓

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  たぶん記事中だと字とか細かすぎて読めないぐらいだと思う。こんな感じの見開きで設定画公開するのをかなりの頻度でやってくる。クリエイターものの作品は結構あるけど、ここまで作中作の設定を練ってあるものはそんなにないだろうし、毎度のようにこの情報量を繰り出してくることがこの作品ないしはこの設定を作っている浅草みどりというキャラクターの特徴を物語っていると思う。
 ただ、一応ここで白状しておくと、ぶっちゃけ俺はあんまりこの設定画を読み込んでない。というか割と読み飛ばしてる。だって読んでもストーリーには関係ないし、単純に好みの問題でこういうジブリっぽい世界観はそんなに好きじゃない。ただまあ俺の好みは置いとくとしても、この「ストーリーには関係ないのに労力はかかってそうなページ」というのが存在感放ってる。

キャラクター

浅草みどり

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 幼い頃から近所を冒険し、冒険から得られた妄想をアニメの設定画にするという、根っからのクリエイター気質を持った主人公。アニメを作る人間だが、絵を描くとか話を考えるというより「世界観」を作るのが好きなんだろうなという感じ。
 アニメ制作では監督を担当。アニメの設定を作ってスタートさせるのは浅草氏の役目であり、漫画のストーリーも彼女が動き回って始動することが少なくない。
 面白いのは、アニメっていういわゆるインドアの象徴みたいなもんを作るのに、彼女は冒険といういわゆるフィールドワークによって発想を得る。それは実際に外に出てるシーンもそうだし、作中でよく出てくる表現として、実際に作品の中に入って冒険しているようなシーンもある(特別な説明なんかはなく、自然と作中作の世界が現れる)。アニメを作るという行為そのものがアニメ的っていう。

水崎ツバメ

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 ネット上で水崎氏の紹介がなされる場合、ほとんど上のページが表示される。それだけ彼女を象徴付けるシーンがこれ。
 “チェーンソーの振動が観たくて、死にかかってる人がいるかもしれない”
 いや、普通に考えていねーんだよな。いるとしてもマジで少ないだろうし、そんなののためにリソースを割くのなんてアホでしょう。そのアホみたいなことに命をかけてるのが水崎ツバメ。アニメーター志望の彼女は、浅草とは反対に設定とかストーリーよりもアニメーションの「動き」を重視する。
 俺はアニメーションとか作画についてはありふれたオタクの領域を出ない程度なので、はっきり言ってチェーンソーの振動よりも女の子の乳首を見れた方が救われると思う。でもそういうのは関係ねえんだよなっていう。クリエイターの“こだわり”について、誰がそれを求めてるかとかそこにどんな意味があるかとか細かい理屈を抜きにして、それを見たい、あるいは描きたいと思っているから作るんだと、シンプルで強い理由付けをする。カッコいいね。

森さやか

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 プロデューサー担当。映像研の頭脳であり金稼ぎのためにアニメ制作に関わると言い切る金の亡者。
 他二人に対して、金森氏は一切絵も描かないし話も作らない。でも彼女がいないと映像研は成り立たない。思うに、金森氏がいることによってこの作品はアニメ制作だけではなく、アニメ製作にまで幅を広げられている。
 そもそも映像研が作るアニメは、

 一巻:映像研を生徒会に認めさせるための実績作りとして短期間で作れる5分アニメ
 二巻:ロボット研から依頼されたものに沿って作るロボットアニメ
 三巻:イベントで荒稼ぎするために作るアニメ

 というような感じで、特に一巻は作りたいものを作るのとはほど遠い。実際に制作担当の二人は要望の大半を切り捨てられている。しかしそういった環境の中で、「金を稼ぐ」という分かりやすく現実的な目的のために動く金森氏のおかげで、自分のやりたいこと以外ではわりとふわっふわしてるクリエイター二人が、ちゃんとしたプロジェクトの上で動いて一つの作品を完成させるまでに至っている。理想を追求したい水崎ととにかく作品の完成を優先する金森が衝突する展開は多いが、この辺もリアリティがあって面白い。作品内での役割分担が分かりやすくできてるなって思う。

 あと、金森氏は自分自身で「私が好きなのは金ではなく利益を出す活動です」と言っている。結局やってることは金稼ぎなので現実的なそれには変わりないんだけど、たぶんこの「利益を出す活動」を突き詰めてる彼女の行動原理は、目的こそ違うけれどクリエイター陣の見せる“こだわり”にだいぶ近い。
 だって金が欲しいだけだったらバイトすりゃいい話だしね。部活動を立ち上げて、変人二人をコントロールして、機材を用意して、敵対する陣営からクリエイターを守って、きっちりと利益を出す。普通にめんどくさいし、金が絡んでなかったらチェーンソーの振動描くのとどっこいな意味不行為だと思う。でもそれをやるのは、金森氏になんらかのこだわりがあるからでしょう。たいへん味のあるキャラだと思います。

 

こだわりについて

 上でもさんざん言ってるけど、ここに出てくる人間はどいつもこだわりが強い。

 一巻では時間が足りなくて、どうやって面白い作品を作るかよりも、どうやって工程を短縮して作品を完成させるかに重点が置かれていた(様々な手法を用いてなんとか作画枚数を削っていく過程は普通に面白い)。だから完成後に反省点がぼろぼろ出てくるのは当然と言ってもいい。

 二巻ではロボット研と折り合いをつけつつも自分たちの理想的なロボットアニメを作り、制作期間については一巻ほどの縛りはない。その中で作られた作品の上映会後、水崎は満足してなさそうな立ち回りをして、浅草は「やり残しは8割」とぼやく。

 そして三巻では、ほとんど縛りもなく自由に作品を作る。実際イベントは成功といってもいいぐらいの調子で、本人たちもそれなりの出来映えだと満足するかと思いきや、浅草は「まだまだ改善の余地ばかりだ」と一言。

 いつになったら満足すんだ、と思う。というか一生満足しねえんだろうなと思う。これだけ作品のクオリティを追求できる人間が将来大物クリエイターになったりするんだろうなとも。
 いや、これを読んでるとね、僕にもそんぐらいこだわりたい何かとそれに対する熱意があればよかったのになと思うね。ロボットでもチェーンソーでも金でもいいんだけどね、そういうのを持ってる人が読んだらまた違う感じにも見えるのかもしれないね。

あとあれ。三巻の最後で、効果音担当の人にちょっと妥協してもらったねみたいな話をしてて、もしかしたらその辺りで衝突とかあるんかなと期待してるってのはある。三巻が結構作りたいものを作れてる感があったので、そろそろ谷がきてもいいのかな。あんまりシリアスが出てきそうな作風ではないけど、アニメ制作的には上手くいかない時期があっても悪くないんじゃなかろうか。

まとめ

 実は漫画感想は初。だからといってなにかあるわけではない。あんまり脈絡なく普通に面白い作品の記事を書くってのはそんなになかったけど、まあいいんじゃないでしょうか。結構調べてみるといろんなところで取り上げられてる作品だけど、普通に面白いっすよ。絵柄とかフキダシの使い方とか独特なのあってたまに読みにくいけど、単純に作品にパワーがあるね。

映像研には手を出すな!(1) (ビッグコミックス)

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