くだらねえオタクの話をする

『映画大好きポンポさん』感想、最近太り気味のオタクたちへ

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概要

 『映画大好きポンポさん』とは、数年前からpixiv上で公開されている漫画。作者の杉谷庄吾は本業がデザイナー? けどAmazonなんかで見ると漫画も結構描いてる感じ。俺はpixivでの漫画事情ってのをよく知らんのだけど、かなりのPV数を持ち続刊やスピンオフも出てついでにアニメ映画化も決定しているということでその手の人の中では有名なコンテンツなんだろう。ちなみに俺はなにも知らずに電書を買った口だけど、一巻とスピンオフは無料で読めます(https://comic.pixiv.net/works/3728)。二巻は買わないと読めません。

 どんな話なのかというと、敏腕ロリ映画プロデューサーのポンポさんが、新米映画監督で他になんの取り柄もない映画オタクのジーンくんや、クソ田舎生まれで労働に忙殺される中オーディションを受けまくっては落ちまくってる女優志望のナタリーをけしかけてハリウッド(作中ではニャリウッド)で映画を撮るというお話。
 ウリは可愛いキャラと映画製作者視点(ポンポさん)による映画論。そしてなによりも、コンパクトで気持ちよく完結するそのスマートさ。二巻は出てるものの話自体は一巻で綺麗に終わっており、二巻は二巻で続編として上手く作られているし、スピンオフも単体で見て面白い。この辺は作中で散々語っている映画の作り方ともリンクしており、さながらそれぞれが一本の映画のように独立して見ることができる。

ぶよぶよした脂肪だらけの映画は美しくないでしょう?

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 正直な話をすると、これがなかったらわざわざ記事にしようともそこまで推そうとも思わなかった。まあ他の部分も面白いし二巻で出てくる闇落ちジーンくんも好きなんだけど、別にクリエイターモノの漫画なんていくらでもあるし、そこで語られる創作論も逐一取り上げるのが面倒なくらいには創作界隈に溢れかえっている。良い悪い以前に、それぐらいクリエイターモノは俺たちが生きるオタク界隈で飽和している。だからただのモノ作りをする話ってだけじゃなくて、何かしらフックをくれと常々言っているわけですね。

 で、『ポンポさん』が持つフックはこれ。俺はもう映画なんて二時間越えるものが当たり前だと思っているし、映画オタクのジーンくんも長い方が嬉しいなんて言っちゃう。でもポンポさんは二時間越えの映画が嫌いらしい。長い時点でもう駄目。
 なんでも、子供時代に映画監督であるお爺さんに縛り付けられ映画地獄を経験した彼女にとって、長い映画というのはただそれだけで欠点であり退屈に感じてしまうのだという。
 奇遇なことに俺もアニメを見ていて同じことを感じたことがある。大きな子供である俺たちは、今となっては12話のアニメすら見ることが苦痛であり、なんなら3話まででそのアニメを見終わった気になってしまうことなど日常茶飯事である。

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 そして俺はポンポさんの信者になった。まったくもって彼女の言う通りである。世の中のわかったつもりでいるオタク全員に彼女の言葉を聞かせてやりたい。ボリュームが多いことはその作品の面白さとは関係がないのだ。
 見ろ、予算にかまけて無駄に尺を食い潰した2時間越えのアニメ映画や、意味もなく2クールもやったあの深夜アニメ、重ねた巻数や一冊の分厚さばかりが自慢のヘヴィノベル(笑)。やつらが大きく見えるのは内に秘めたクオリティのせいじゃない。あれは筋肉じゃない。ただの脂肪だってことは、少しぐらい物語をかじったことのあるオタクならすぐにわかるんだよ! だからAngel Beats!Charlotteは2クールあれば良くなってただなんて言うやつは今すぐポンポさんに土下座しろ! これ以上脂肪を増やしたって麻枝が生き返ったりはしないんだ!

まとめ

 そんな感じで、『映画大好きポンポさん』は彼女をタイトルに据えた作品にふさわしく、一巻完結でスマートかつ綺麗にまとまっている。まるでポンポさんの無駄を排した小さく可憐な容姿のように、無駄な脂肪のまったくない作品だと言えよう。

『空の青さを知る人よ』ネタバレ感想、お前の空は何色だ?

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 公開初日は、台風の前日でした。じゃあ空が何色かって? 見りゃわかるだろ。

 映画の話だけど、はっきり言って完成度の低い作品だと思う。一時間半かけて岡田磨里のオナニーを見せられた気分だ。今日はそういう方向性の話をするのでこの映画を面白いと思った人は回れ右をするか自分の感性を疑った方がいい。

概要

 スタッフはいわずもがな『あの花』スタッフ。アニメ・オタク的には有名所で、映画だと『心は叫びたがってるんだ』で思ったよりやるじゃんと高評価、岡田磨里単体では『さよならの朝に約束の花を飾ろう』でまあ人によっては高評価。俺はだいたいお話部分しかわからないから脚本家の岡田磨里でこの作品を語るけど、まあ安定感はともかく個性がはっきりしている人間という印象。特に今回はあの花スタッフの前作であるここさけがかなり良かったのと、宣伝や主題歌あいみょんから一般ウケも狙っているだろうということもあって、それなりの完成度はあるんじゃないかという予想をしていた。

 しかし蓋を開けてみると、お話が酷い。詳しいところは後でまとめてやるけど、なんかもう最後の終わり方とか見たら誰でもなんだこれってなると思う。まったく進まないストーリー、盛り上がりどころがわからないシーンの連続、いきなり爆発する赤いギター、大したこともせず消える地縛霊、歌われることのないご当地ソング。特にラストシーンは意味がわからない。主人公がクソ青いみたいなこと言ってたけどそれはこっちの台詞。お前、ライブはどうした? 大人しんのと一緒に演奏するんじゃなかったのか? 目玉スターはどこにいった? かき鳴らせよ、秩父どんと恋を。

 かつて俺たちは田舎者が右往左往してるのを眺めながら何が起こるのかと期待していた。少なくとも途中までは。閉塞的な田舎の盆地から解放されようとする少女と、振られたショックで過去に閉じこもる少年が、大人とか夢とか進路とかに音楽をもって抵抗する姿を想像せずにはいられなかったし、地元に残ることを選んだババアと温い形で夢をかなえ損ねたジジイが輝いていた青春時代を引きずって苦しめられる展開を心待ちにしていた。その結果、音楽は大した影響ももたらしてくれなかったし、ババアとジジイは普通に結婚して老後を迎えた。少年は気付いたら霧散し、取り残された少女は特になにもしなかった。せめてあかねのおっぱいがもうちょっと大きければ語れることもあったかもしれないのに、この作品は俺たちにシコることさえ許してくれない。この劇場でオナニーすることを許されているのは、岡田磨里ただ一人だけだった。

空の青さを知る人よ

 一応は真面目な話もしておこうと思います。この作品のテーマについて。あんまり読み取れてないですが。

 まず作品のテーマは、タイトル通り、井の中の蛙は大海を知らないが(あかねは地元から出ず外の世界を知らないが)、空の青さは知っている(本当に大切なことはどこにいても同じだよ♡)、ということ。
 あかねはあおいを育てるために地元に残った、というかたぶん彼らの高校時代のメンバー中、地元を出たのは慎之介だけなのかな? あおいは田舎のことをクソだと思っていて、都会に出て挑戦したい/した慎之介は田舎に残ることを居心地のいい場所に引きこもってるぐらいに考えてる。俺も田舎はあんま好きじゃないので秩父にもそろそろ飽きてきている。だからあかねが地元に残ることを選択したのは不幸なものとして認識されているのが大前提。

 あおいは自分のせいで姉を地元に縛り付けていると思っており、東京に出て自律したいと語るのは地元を嫌う自分のためでもあり、地元に縛り付けられている姉を解放するためでもある。ただその決意を揺るがすのが、突如現れた二人のしんの。
 大人になった慎之介はミュージシャンではあるけど夢見ていた姿とは程遠く、都会に出ても田舎もんは土臭いまんまだと教えられ、お堂から出てこれない子供の慎之介は楽しかった頃の思い出に閉じこもっていたい心境を表している。あおいは大人慎之介に厳しくされ、逆に子供慎之介には優しくされ余計に彼のことを好きになる。都会に出てもいいことなんかない。だったら思い出の詰まったこの場所で、自分が好きだった男の子とゆるく楽しくやってりゃいいじゃん、となるのは心弱き者としては仕方がない。

 ただあおい視点での問題は作中描かれてる感じだとただひたすらに、「しんのはあか姉とくっつくべきだ」というもの。自分が慎之介とくっ付く選択肢は終始存在しないし、あかねが自分のことを気にせずに慎之介とくっ付いてくれることこそ、あか姉の幸せなのだと信じて疑わない。この辺が岡田磨里って感じの部分で、要するに女の三角関係というかドロドロというか恋愛模様みたいなもの。
 あおいが慎之介を奪おうという考えに至らないのは考慮すべきところなのかなとも思う。あおいも昔から慎之介のことは好きだったのに、優先するのはあかねであって、なんというか慎之介は思い出の象徴みたいなもんなのかなって感じ。楽器やって慎之介の後追いをしようとしているのも、結局のところは思い出を追いかけているようにも見える。今がつまんねーのを環境のせいにして、慎之介の真似をしたらきっと良くなるんじゃないかって思いこもうとしてるのは、思い出のお堂に閉じこもっている慎之介の地縛霊と本質的には同じ。

 ただその辺の価値観が揺らぐきっかけが、やっぱり帰ってきた大人しんの。クソだせえおっさんのバックバンド、ただの酔っ払い、かつての想い人を放ってJKと行きずりファック。憧れてた将来が一気に色褪せていって、そりゃきらきら輝いている頃の思い出に傾くわといったところ。慎之介本人も同じで、自分の現状に満足してはいないから大人の方は基本的にカスみたいなムーブをするわけですね。
 まあ一応、慎之介は地元を出るときビッグになって帰ってくるという決意をしてはいる。そのために思い出を封印したし、ギターが上手くなってる辺りからは努力も伺える。でも現実はおっさんの尻拭きバンド。こんなのは最愛の人に見せたかった姿ではないので、わざとゴミみたいに振舞って嫌われようとする。地元に逃げ帰ってきたみたいな構図は最悪だから、その辺は男の意地がある。
 でも結局、なんか途中であかねと二人っきりになってギターを聞かせる場面で心折れてしまうわけですね。そりゃ三十代であんなに犯したくなるような見た目の女が優しくしてくれたら基本的に男は勃起する。つーかあか姉だけ見た目変わらなすぎじゃね? こんな31歳いたらマジでファックだよ。そういう感じで慎之介は自分の唯一のソロ曲を披露するわけだけど、その途中から高校時代の教師の真似とか、たぶん昔もそういう感じであかねを笑わせてたんだろうなぁ~って芸を始めるのがもうすげーダサくて痛々しい。お前が見せたかったのはそんな同窓会でする昔話みたいなやつじゃないだろ? 都会でデビューするかっこいい自分のソロ曲だろ? それをおちゃらけて笑いで誤魔化すのはすげーかっこ悪い。でもそこで妥協してしまうんですね。彼はもう心折れてしまったので、田舎に戻ってあか姉のおっぱいに慰めてもらうのでもいいかなって思ってしまうわけです。でもそれをあか姉が叱咤する。雑魚がと。お前に畑仕事は似合わねえよと。ちゃんと夢を叶えなさいと追い返すわけです(そのわりには最後にあっさりと結婚してしまうのがマジでファック)

 この世界で唯一、空の青さを最初から知り尽くしている人物。それがあかね。妹でリアルプリンセスメーカーをやって楽しんでた彼女としては、田舎にいても幸せなもんは幸せだとわかっているわけで、重要なのは場所ではないということを知っているんですね。逆に言うと、どこにいても満たされねーやつはクズだってことも知ってるということ。彼女はあおいを育てることに価値を見出したんだけど、慎之介にはやっぱりミュージシャンとして大成してほしかったので、困ったもんだわと。
 あーつまり、なにが問題かっていうと、慎之介はずっと田舎と都会、思い出にすがることと前へ進むことを分断して考えてたんですね。でもその二つは別々にする必要がないんです。慎之介は雑魚なので、思い出が手に触れられるところにあるとそっちに逃げちゃいそうだからって思い出を封印したんですけど、本来思い出ってのはたまに思い返して元気づけられることもあるわけじゃないですか。慎之介が今回、故郷に帰ってきたのもそれぐらいでいいんですよ。別に夢を叶えてからじゃなきゃ結婚できないってわけでもないんですよ。基本的に空は青いので、それは都会でも田舎でも変わらないし、どっちかっていうと重要なのは自分の中身。あかねは努力の末、あおいを育てきった。しんのは……どうした? 

 あいつは結局なにもやり遂げないまま結婚した惨めな野郎です。あか姉が青さ知りタイプの人間であることはわかったけど、話の帰結としてはどうなんだろうとここで考えます。結局しんのは田舎に帰ってきたのか? あおいはこの先どうするんだ? 話がまとまってねーだろということでこれから本題に入ります。

ストーリーの話

 単純な話をすると、ストーリーが悪いです。上に書いたテーマと関係あるところもあれば、関係なくただ単にストーリーがつまらないという部分もあります。
 まず序盤。動きがなさすぎる。というか序盤中盤終盤と話が動かなさすぎるのでどこまでを序盤とすれば良いのかもわからない。
 一通りキャラクターが出揃い、あおいとデブ(名前忘れた)がバンドの急造メンバーに選ばれるのはまあいい。なんか幽霊が出てくる展開はあの花を彷彿とさせるけど、あれよりもインパクトはめちゃくちゃ薄かった。子供しんのは最終盤を除いて特になにもしないので本当にいる意味がない。よってしんのが現れてもストーリーが動かないわけですよ。なにかキャラと絡んでストーリーに関わってくるわけでもない、あおいにアドバイスをしたりするわけでもない。彼の存在意義はひたすらに内面描写を引き出すための装置なんだけど、そんなんだったら一生モノローグでポエムでも綴ってればいい。最初はお堂でしんのと一緒に練習しまくって大人の方をビビらせるとかそんなストーリーを予想。マジで聞いてるだけだなお前、俺でもできるわ。

 なんだっけ。序盤の話。恋愛部分だけだとストーリーが成り立たないから、一応メインのストーリーとしてはライブ(?)を成功させることじゃないかと思うんだけど、これが薄いんだよね。そもそも成り行きだし、あんまり大々的に取り扱われてないし、それこそストーリーを動かす用に入れましたって感じ。人前でギターを弾くシーンも、最初に見てもらうのと練習のときの二回だけ。それ以降はバンドメンバーが演奏するシーンは一切なし。演奏で見返してやる!とか音楽でしんのの心が!とかもまるでない。演歌歌手はキャラクターを集める舞台装置として作られた存在であり、集まったあとは別に要らないのでまあ最後に落とし物するぐらいですね。だって音楽モノには定番のライブシーンすらやらないからねこの映画。もはや楽器なんてなくてもストーリーは大差ないんだよこれ。ギターなんて女の話をするときの飾りですよ。好きな男と一緒にやりたいからベースを選んだだけで、そいつが姉とくっ付いたらもう興味ないんで予定されてたライブもすっぽかしちゃうわけですよ。
 序盤の話もクソもねーや。語るようなイベントがないからな。マンとチンが我慢汁垂れ流してるだけの序盤中盤、盛り上がりどころがないから気付けばあか姉がトンネルに埋もれてるわけだ。

 そう。相生あかねが今作においてはキーパーソン。なのに何がヤバいって、やつは音楽もやってなければイベントのメインスタッフですらない。こんなに薄っぺらいストーリーラインにどうにかこうにか用意したその二つにすら関わってないから、あかねの登場シーンが本当になんかその辺から引っ張り出してきたみたいなシーンばっかりになる。重要人物が喋れば喋るほど、ストーリーが進まなくなる。でも岡田磨里はそいつらにいっぱい喋らせて台詞でこの作品のテーマを説明したいから、どんどん喋らせてどんどんストーリーが進まなくなる。そもそもストーリーがないからキャラはもう喋るだけ喋ってなんか勝手に誰が好きだの誰が嫌いだのと汚え女子会みたいなのがひたすら繰り返されてる。なんか一人いたクソガキがあおいのことを好きだとか抜かしてたが別になにかするわけでもない。主人公はあかねとしんのをくっ付けるとかあかねとデブをくっ付けるとか言うけど具体的になにかするわけでもない。あかねも立ち位置的に達観してるけど、ストーリー上やったことと言えばしんのに黒歴史を吹っ掛けるところとトンネルに閉じ込められるぐらい。子供しんのはお堂マンだし、名前すら出てきたかどうか怪しい友人ポジションの女は、慎之介を家に入れたり出したりしただけでもはや存在意義がわからない。賑やかしか? そういやあのデブは後半になってからだと車を転がしたぐらいだな。警官になった元同級生は久しぶりの再会なのにガン無視されてフォローもないし声優のギャラの無駄遣いみたいなところがある。いいから音楽やれよ。そのベースは抱き枕の代わりじゃないだろ? どうしてあかねスペシャルは爆発したんだ? 弦を吹き飛ばしたのはこのストーリー上でギターは必要なかったということの暗喩か? 都会から帰ってきた男が地元の女と結婚したらしいが、あいつは今までなにをやってきたんだ? これからどうするんだ? 俺にはなにもわからない。

まとめ

 まあこういうのが好きな人間も世の中にはいるだろう。女のオナニーを見て興奮するタイプのオタクだ。挿入という行為を知らず飛び散ったマン汁で顔を濡らすことが生きがいみたいなやべえやつらだ。
 創作物というのは不思議なもので、全員が面白いという作品もなければ全員がクソだという作品もない。でも少なくとも俺には、この作品の良さは一生わかりそうにない。たぶん、これを作った人間に見えている空の色は、俺が知っている青さとは違う色なんだろう。

『HELLO WORLD』感想、SFとかわかんねえし冒険の話をしよう

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 ハロワことHELLO WORLD、見てきました。ただいつもは見た後すぐに感想を書くんだけど、今回はあんまり書くことないなーってのと中身あんまり理解できてないなーってので一週間ぐらい放置してました。でもまあ小説版を読んだり他所の記事見たりしてだいたいわかってきたのでなんか書こうと思います。

 まあ基本がSFなので考察をさせる作品なんだけど、それは他所で散々語られてるしそれでもなお釈然としない部分があって正直語るのが面倒なので、別の部分についてちょっと書いていきたいと思います。

※当然ですがネタバレあります。

概要

 脚本は野崎まど。SF系のラノベ作家として知られ、最近では『正解するカド』でアニメ脚本を担当し、多くのユーザーに変な期待と妙な落胆をお届けすることを生業としている。俺はカドを見た以外だとコメディ短編集の『野崎まど劇場』を読んだぐらいなので理解度は深くないが、センスを感じると同時に物語のまとめ方に難があるタイプのクリエイターだという話は聞いている。

 で、今作に関しても映像作品を見続けてきた人間としては不安が煽られるような宣伝がされている。「この物語は、ラスト1秒でひっくり返る――」という失敗を約束するかのような一文に戦々恐々としながら俺たちは劇場へと足を運び、実際見たところまあ悪くはないなと俺は思った。どちゃくそにひっくり返ったかというとなんとも言えないが、ノルマぐらいは達成できた感じがする。
 逆に、そこ以外で驚愕する要素はかなり控えめだった印象。未来の自分が来るという話はもはや使い古されているし、味方だと思っていた主要人物が実は黒幕だったというのもよくあることだし、ラスト1秒で明かされる設定も、別に元の世界ですら大元の世界の下位構造でしたっていうのはSF的に探せばあるんじゃないの? って思う。俺はあんまり詳しくないし普通にへーって思ったけど、ただラスト1秒でひっくり返しきれてないから終わったあとに悶々とした感じは残った。というか他所で考察を漁った今でも納得できてない部分がある。

 じゃあ評価はどうなの? というところで、映画を見終わった段階だとまあ悪くないなぐらいの感想。ただそれが、小説版を読んだところでちょっと変わった。作者はちゃんと野崎まどで、映画よりも先駆けて出版されている。

HELLO WORLD (集英社文庫)

HELLO WORLD (集英社文庫)

 

  これね。俺は好き。なにが好きかっていうと、主人公である直実の陰キャ描写がすごい多い。
 映画でも直実が『決断力!』の本を片手に優柔不断でコミュ障な自分を変えたいと願う描写はあるけれど、映像でテンポよく流れるからかコミカルな印象がある。しかし小説版はそれよりもずっと暗い。地の文は直実が己を卑下する文章に溢れているし、失敗を恐れて一歩を踏み出せずにいる様子がひたすら強調されている。序盤は完全に、自信のない主人公が未来の自分から助けを借りて彼女を作ろうとする青春小説。
 だからこそ彼は「やってやりましょう」と自ら険しきに挑む一行さんに惚れるし、対して一行さんを取り戻すためにその身を投じる直実とナオミの姿は、まさしく一行さんが惚れ直すに相応しい冒険小説の主人公のような存在として映る。俺はデータの世界がいくつあるか考察するよりも、こっちを考える方が好きだね。

解説

 とはいえ、他媒体などで得たSF部分の知識をなにも解説せずに喋っていくのは難しいところがある。ぶっちゃけ考察については他のとこを参照してくれと言っても良いのだけど(実際、どこで読んでもだいたい似たようなことが書いてある)、せっかく自分でも調べたのでできる限り短くまとめていきたい。
 ちなみに参考図書として、先ほど挙げた小説版と、同じく小説のスピンオフHELLO WORLD if ――勘解由小路三鈴は世界で最初の失恋をする――』がある。

 ついでにウェブ限定で、十年後のナオミがそこに至るまでを描いた10分×三部作の『ANOTHER WORLD』が配信されているが、これは考察に関係ある部分がほとんど出てこなさそうなのであまり触れない。内容的には彼女を失った主人公が新海誠風味のモノローグを垂れ流していく系で、見たい人は見ればいいと思う。登録とかちょっとめんどくさいけどね(特設サイトhttps://www.hikaritv.net/sp/another-world/

 じゃあいきます。まず大前提として、作中世界にはアルタラ内にある2027年の世界、十年後のナオミがいる2037年の同じくアルタラ内の世界、そして実は死んでなかった一行ルリのいる現実の2047年の世界、その三つがある。
(人物表記がややこしいので、小説版にならって27年の主人公を直実、37年をナオミ、そして47年の一行さんをルリと書きます。また27年の勘解由小路さんを三鈴、47年をミスズと書きます)

 大元は現実の2047年。そこでは実際のところ、高校生時代の落雷によって直実の方が脳死になっている(この辺はifで説明されている)。
 事件から20年後、ルリは直実の意識を取り戻すために研究を重ね、ついにその技術を実現。死んだ脳みそを再起動するだけでは足りない記憶の部分を、量子記憶であるアルタラ内から引っ張ってきて『器』に同調できる『中身』とすることで、脳死状態の人間を再生させるプロジェクトがこの物語の真相。
 そして器に相応しい中身を探すため利用されたのがアルタラの量子記憶。
 2047年では技術が進歩し、かなり自由にデータ内への行き来が可能。深刻なエラーさえ起きなければリセットも容易と、ナオミ時代に比べてかなりイージー。そこでルリとミスズはデータを現実から書き換え、落雷の被害者をナオミからルリに変更。データ内で生かしておいたナオミから中身を引っ張り出して器に同調させようという、ナオミと同じことを高い技術水準で達成しようとする。
 しかし問題が一つ。対象であるナオミがメンヘラおじさんとなっており、器に同調させられるような精神状態ではなくなってしまうため、そのままの中身だとクソの役にも立たない。(そもそも落雷直前の中身じゃ駄目だったのか、ナオミを生かすとしてルリを代わりに殺す必要があったのか等は一旦置いておく)
 そのままだとナオミはメンヘラのままだし、所詮はデータの2037年だとナオミが一行さんを2027年から引っ張ってきた時点で自動修復システムが作動してしまうため、そこでリセットせざるを得ない。考えた結果、ルリとミスズは自らがデータ内にダイブして影響を与えていくことにする。それがifで描かれているミスズと協力する三鈴の活躍だったり、本編では2037年に飛ぼうとする直実を手助けするカラスのルリだったりする。(ちなみにカラスが釘宮ボイスなのは映画だけで、小説だと「無機質で機械音声みたいな声」と表現され、その後に出てくるルリの声と一致することで正体がわかるようになっている)
 その結果、ナオミは無事に事故当時の優しくて大切な人のために動くことができる精神を取り戻し、ルリによって現実へ転送される。現実はここでハッピーエンド。

 またデータ内だと、2037年で複数の一行さんや直実が同時に存在することで、自動修復システムが暴走してしまう。これは現実的にもよくないのでリセット案件なんだけど、それをスルーして押し通したのは作中でのアルタラ世界が初。それまでマニュアル通りの動きしかしてなかった直実が、自分の行動で何かを変えようとした部分がミソなんだろうと思われる。だからその後の展開は現実にも予測できていない。千古教授が自動修復システムを停止したおかげで、2027年の世界はアルタラ内のデータでありながらも現実である2047年すら観測することができないなんかすごい状況になって新世界が誕生する。
 一応作中でもifでも、データだからといって舐めちゃいけないみたいな発言は時々現れている。ヤベえレベルの無限量子記憶装置のアルタラが記録をなぞるだけじゃなく、直実たちの手によってオリジナルの動きをし始めることが新世界誕生の原因であり、そうなってくるとアルタラ内の世界はデータでありながら現実でも制御することができない無限の記録を持ち始め、ついには一つの世界と同等の規模を獲得する。最強マニュアルに頼っていただけの陰キャが、今度は自分で白紙の世界を歩み始めるわけである。

冒険小説として見る『HELLO WORLD

 長い前置きがありましたが、ここからが本題です。

 上でも書いた通り、堅書直実は優柔不断で陰キャのコミュ障。何事に対しても一歩を踏み出せず、可能な限り冒険を避ける、結果が分からないことには挑まない、という性格の少年。
 この「可能な限り冒険を避ける、結果が分からないことには挑まない」というのは小説中に何回も出てくる印象的なフレーズ。しかしその反面、直実は自分を変えたいとも思っている。その思いを行動にした結果が自己啓発本という一種のマニュアルなのも、変わるにしたって安全に従えるレールが欲しいという願望を表しているのが悲しいところ。
 だからこそ、直実は一行瑠璃が自分とは遠い人種だと感じる。確固たる自分を持ち、周りに流されない一行さん。直実は彼女を表現する際に「強い」という言葉をよく用いる。弱い自分と対比し、そんな彼女には近づきようがないと感じる。ナオミと出会うまでの一行さんは恋愛の対象ですらなく、もはや単なる怖い人でしかない。

 そしてナオミと出会った直実は、彼の頼みに応じて一行さんを救うことにする。冒険に足を踏み入れるわけである。〝未来の自分がそう考えているのだから〟というサポートがありながらも、彼はそのとき確かに一歩を踏み出したのである。

 未来の自分という厳しいが心強い味方、そしてその通りに従えば確実に恋人ができるという最強マニュアルを手にして、一行さんとの仲を深める直実は、しかし根本的なところでは変わってない。自分の意思ではなく、あくまでもマニュアルに記録されている行動をなぞっているだけ。
 しかしそれが、「自ら険しきに挑み、諦めずに最後までやり遂げる」冒険小説が好きだという一行さんに憧れることで少しずつ変わっていく。一番の山場は燃えてしまった本を復元して古本市を開催させるシーン。このとき初めて直実はマニュアルの指示に背き、避けてきた冒険に身を投じる。と同時に、ナオミもまた記録通りに過去をなぞるのではなく、直実に協力する道を選ぶ。誰かのために動く行動原理は2047年のルリが取り戻したかったナオミの精神に近いものであり、ここでの行動が後に状況を大きく変えるターニングポイントになっている。

 そういうわけだから、2027年の世界が自動修復で消えそうになっているとき、直実がその命を賭けてよくわからん穴に飛び込んで2037年に飛ぼうとするのも、彼の成長をちゃんと表している。青が点滅する横断歩道にすらビビって渡らないでおこうとという選択をしていた直実が、まったく得体のしれない世界の穴に、結果がどうなるかわからないけど一行さんを助けたいという一心で飛び込むようになる。
 冒険小説が好きだと言った一行さんは、私もそう在りたいと望む。対する主人公はそのとき、SFが好きだと言うのだけど、その理由が、SFのSはサイエンス、つまり科学的に現実の延長にあって、そうすると現実の自分も物語の中の人のように思えるから、というもの。どちらも小説を単なるフィクションとしてではなく、現実の自分に落としこんで考えている点が共通している。
 その際に直実は、「もちろん現実の僕なんて、ただのエキストラですけど」と付け加える。その時点ではそうだろう。じゃあ2037年に飛んで一行さんを助けに行く直実は? 険しきに挑み、諦めずに一行さんを救うと決めたその主人公の姿は、まさしく一行さんがそう在りたいと願う憧れの姿だろう。だからこれは、SFであり冒険小説なのだと、俺はそう言いたいわけである。

 それから忘れちゃいけないのが、ナオミの存在。わりと頑張った挙句に結果がボロクソで最後は救う立場ってより救われる立場になってしまった彼もまた、物語の終盤で「いや、堅書直実はあいつで――俺は、ただのエキストラさ」と自分を否定する。本当にそうだろうか?

 ナオミはそもそも、古本市で焼けてしまった本をどうすることもできなかった世界線の存在である。そのとき落ち込んだ一行さんを助けるためにとった行動は、自分じゃ彼女を励ますことはできないから、面白そうな本を片っ端から集めてお勧めして物語に励ましてもらおうというもの(ANOTHER WORLD参照)。冒険というよりは、優しさの目立つ行動に見える。その後、予期せぬ落雷に成す術もなく恋人を失ってしまう。グッドデザインがない直実なのだから仕方ないとはいえ、険しきに挑む直実に惚れた一行さんからしたら「貴方は、堅書さんじゃない」となってしまうわけである。
 だが、ナオミが単なるエキストラで終わる存在かというと、甚だ疑問ではある。たしかに優しさを失った捻くれ者のナオミは、事故が起こる前の精神とは同調できない。ただ、一行さんからは彼女のことを好きだったという十年前から変わらない本心を見抜かれているし、そこだけは変わらない。成長の方向性が違ったというだけで、彼もまた直実とは違った意味での冒険小説の主人公だと、俺は思う。

 そもそも考えてもらいたい。2047年の現実でルリたちが一大プロジェクトとしてようやく成功させた技術を、その十年前に一人で実現させるほどの研究者がナオミである。冷静に考えるとかなりヤバい奴だというのがわかる。やろうとしていることも、ルリたちとさほど変わらない。技術水準と現実かそうでないかの違いがあるだけで、彼が険しきに挑んだという事実は、彼を救うことに成功した現実のルリと同じなのだ。

 だから一緒に付け加えると、2047年のルリもまた、冒険小説の主人公ということになる。「やってやりました」の一言で締めくくられる彼女の冒険で、彼女はそう在りたいと願う自らの姿を実現できただろう。

 直実の話に戻る。2037年の世界でドンパチやった直実は、一行さんを取り戻して新しい世界に飛ぶ。元いたところではなく、まったく新しい新世界。現実の再現をするわけでもなく、当然未来の記録もない場所だから、彼が頼りにしていた最強マニュアルもない。そこで直実は、新しい世界を始めるのだ。彼はSFで冒険な物語の主人公として自らそのページを埋めていく人間になったのであり、そうしてその世界が出来る過程で、別の主人公の活躍も確かにあったのだと、そういうことである。

他媒体について

 一応他の媒体についての話も補足しておきたい

 まず小説版。これは、完全に映画版とストーリーが同じやつ。ただ何度も書いてる通り、主人公の心情描写が映画よりも細かい。臆病だった主人公が何かをやり遂げるように成長する過程を大事にしてる印象が強く、冒険小説とばかり言ったけど青春小説的な側面もある。
 ただ小説単体だとお話としての描写が薄く、はっきりいって映画を見てるの前提な感じはした。俺はこういうのって映画見て好きな人が小説も買うみたいなイメージなんだけど、小説だけ先に読まれても全然意味がわからないんじゃないかと思う。ちなみに考察的な意味でも映画と情報量はそんなに変わりません。

 次に勘解由小路(かでのこうじ)さんif。これは三鈴のところに2047年のミスズがやってきて、直実と一行さんの手助けをするという話。ifなので本編の展開に勘解由小路さんが加わったような話になるが、設定的には同じなので2047年の連中を理解するにはかなりの情報源になる。本編でも勘解由小路さんが二人の周りでうろちょろしつつも物語そのものには絡んでこないみたいな妙な立ち回りをしていたので、このifストーリーほどではないけどミスズの干渉はあったのかなというところ。
 単体での評価は、どうやらかなり良いっぽい。俺は勘解由小路さんが本筋に絡み始めた辺りから蛇足というかなんというか、オリキャラを出したがりな二次創作みたいな痒みを覚えてしまったのであんまりなんだけど、まあスピンオフとしては悪くないと思う。

 そして俺が触れたものとしては最後にANOTHER WORLD。これはひかりtvだかdtvチャンネルだかでしか配信されていない10分×3作のショートアニメ。ナオミが最強マニュアルなしで一行さんと結ばれるまでの話、大学生時代にめっちゃ勉強してた話、アルタラにダイブする一年前の話(10/4配信なのでまだ見れていない)の三つ。
 まずこれ、見るまでがだるい。クレジット見たら映画の製作がひかりtvになっていたのでそういう理由だろうけど、このサービスに元から登録してるオタクはそんなに多くないと思う。ちなみにdアニメストアとdtvは違うので注意。dtvとdtvチャンネルも違うので注意。
 内容の方は、まあ映画が好きな人なら見といていいと思うけど、真新しい発見とかはない感じ。主人公のモノローグとかは陰気な感じで君の名は以前の新海誠を彷彿とさせるので俺は好き。ただ二話で出てきた女はそんなに好きになれねえな。三話を見たらもうちょっと書き足すかもしれない。

まとめ

 はい。そういうわけで悪くない作品でした。まあ爆弾級のインパクトはないよね。そこまで真新しいことをやってるわけでもないし、詰めるとガバいところもあるからクオリティもべた褒めはできない。でもまあオタクはこういうSFに寄せた青春モノって嫌いじゃないですよ。俺もそうだよ。冒険小説って言ったけど序盤の主人公のモノローグは完全にジュブナイルだったので俺はそういうのが滲み出てる作品はわりと好きですね。

新世界

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『天気の子』ネタバレ感想、俺たちは本当に大丈夫なのか?

新海誠監督作品 天気の子 公式ビジュアルガイド

 見てきたので話します。当然ネタバレはあるので気にする人は早く見てください。

 余談ですが、いい文章というのは最初に結末を言って話の終着点を読み手に教えるものだそうです。俺はこの映画、ストーリーは手放しに褒められないかなあという感想で、それ以外はとてもよかったと思います。

概要

 ざっと作品のバックグラウンドをおさらいしつつストーリーを追っていきたい。お話については俺も一回見ただけでうろ覚えだから、頑張って思い出していきましょう。

 まず作品のスタッフ等の説明だがぶっちゃけいらんでしょこれ。『君の名は』の新海誠前前前世に引き続き主題歌はRADWIMPS、キャラデザはあの花等々でも有名な田中将賀。要するに君の名はの再来。人々は新海誠がこの世のすべてを手にするのかあるいは単なる時の人として朽ち果てるのかを見定めるために劇場へと足を運んだ。結果は数字に聞いてください。

 そしてストーリー概要。ちょっと長くなります。半分は俺が思い出すついでに書きたいだけなので興味なければ読み飛ばしてほしい。

 主人公の帆高は家出少年。田舎なんてクソくらえだと島を飛び出し、フェリーに乗って都会までやってくる。都会ってこえーとか言いながら世間の厳しさに精神を削られ、雨に打たれ都会で野垂れ死に寸前。それでも帰りたくないと猫に呟くジュブナイルマン。そんなとき偶然出会った須賀とかいうおっさんに拾われて住み込みでライター業の手伝いをすることになる。

 ここからはちょっと楽しげ。須賀や夏美と一緒に雨の降る都会でどうにかこうにかやっていく主人公。挿入歌と共に疑似家族に見えなくもない三人の生活が流れ、観客が「あれ、ヒロインはどこいった?」と疑問を抱き始めた頃、バーガー屋以来の陽菜登場。ヤクザまがいの男たちに怪しいマッサージ屋さんで春の投げ売りを強要されそうになっている彼女を助けるため、主人公はなんかその辺で拾った銃を発砲。ついでによくわからん廃ビルに不法投棄。

 その後、100%晴れ女として現れたヒロインを主人公はビジネスパートナーとして認め、二人は日本の経済界へと足を踏み入れる。ここからが楽しげなくだりその2。家出少年で後ろ盾がない主人公と、両親がおらず同じく後ろ盾がないヒロインとその弟は、晴れ女というファンタジーな力を使ってマジの荒稼ぎをする。やってることはファンタジーだけどその動機が切実なんだよね。金なんだよ。二人はファンタジーの力で現実を圧倒する。雨の都会を晴れにし人々を幸せにし自分も幸福を手にする。ここまでが楽しいパート。

 物語中盤。主人公を探す警官、天気の巫女と代償の話、その他諸々が徐々に主人公を侵食し、ついに警官から追われ始める主人公。娘の引き取りとかいう現実的な望みを守るために主人公を突き放す須賀さん。晴れ女ビジネスどころの騒ぎではない。居場所を失った主人公とヒロインと凪先輩は、「みんなで逃げよう」の一言で逃走劇を図る。みんな大好き少年少女の逃走劇は映画ではありがちだがやっぱり絵になる。しかし雨どころか雪が降りだした都会で主人公たちは再び現実の厳しさを知る。冒頭で主人公が経験したのと同じことを今度は三人でやって、警官に捕まりそうになるもなんとか落雷で撃退。ラブホに見えてラブホじゃない(いややっぱラブホなのか?)ホテルに三人で泊まり束の間の幸せの後、人柱として消えるヒロイン。

 なんやかんやで捕まる主人公。そしてなんやかんやで脱走する主人公。陽菜に会いたいということで今度は警官とのカーチェイス。映画のおいしいとこめっちゃやるねって感じで線路の上を全力疾走する主人公の姿はもはや王道。下界の民になにあれ草生えるwと笑われながら別に速くもなんともない速度でわりと長い間走り続ける主人公は、厳しい現実にファンタジー無しで立ち向かった象徴。そんな感じで例の廃ビルで失われし拳銃を使い腐った大人共に啖呵を切る。なんかいつの日かうっかり撃ってびっくりしちゃったあの拳銃をぶっ放して、腕を震わせながらもビビってないぜと大立回りをすることで決意の強さをアピール(?)する。そいで須賀さんを味方につけ、ようやく陽菜の元へ。

 すごいイイ感じの挿入歌と共に空中をぐるぐる回りながら陽菜に向かって愛を叫ぶ主人公。陽菜がいてくれたら世界なんて狂ってたってどうでもいいということで人柱は解消、東京は沈没、主人公はお縄。

 そして三年の月日が経って大学生になった主人公は都会へ戻ってくる。え、数年後に再会する流れとか君の名はと同じじゃん、と視聴者に思わせて特に裏切りとかもなく、ちょっとぐだぐだやりながら須賀さんを経由してヒロインの元へ。雨が降りしきる中、思い出があるようなないような坂道を登ると、そこには天野陽菜。天気はまだ狂ったまま。なんで泣いてんの、大丈夫? そう聞かれて主人公は、「僕たちは、きっと大丈夫だ」と答えて締めくくる。

 そんな感じ。

 概要がマジでなげえ。センスがないのは百も承知だけど、要点をまとめられる気がしないのでやむをえず全部書きました。要点がまとまらないのは俺のせいか? それともストーリーのせいか? こんなんでこの記事は本当に大丈夫なのか? じゃあ本題に入ります。

雨の降る現実、晴れ女というファンタジー

 音楽が良い、絵がヤバい綺麗。そんなことは猿が見てもわかるのでいちいち書きません。俺は根がお話を読む人なのでストーリーというかテーマ性について書いていきます。

 正直言って、今作のテーマやストーリーを一言で語るのはかなり難しいと思う。ストーリーは「主人公が晴れ女と出会う」お話だけどじゃあ出会ってなにするの? っていうとただの金稼ぎ。テーマ性的にもなんか不明瞭な気がしてならない。天気の問題で人柱がどうとか聞くと、世界を取るか大切な人を取るかみたいな話に思えるけどそれほど強い印象はない。だいたい人柱とかいう単語出てきたの中盤以降だし、なんか結局晴れ女の設定が上手くストーリーに絡んできていないとさえ思える。むしろ物語冒頭~須賀さんちに住み込みの流れだけ見ると、家出少年が都会に揉まれながら現実と戦う話としての方がしっくりくる。

 で、俺が脳内でまとめたものが見出しの通り。答えなんて知らんがとりあえずこの方向性で話を理解していきたい。

 物語は家出少年が厳しい現実に苦労するパートから始まる。バイト先は見つからないし、大人はみんな主人公に冷たい。こういうので本当に誰も主人公に優しくしないのは見てる方としても結構辛い。これらはすべて雨の降る都会を背景に進んでいく。
 それに対して、主人公がヒロインの陽菜と出会ってからは、100%晴れ女の力を使ったファンタジーによって明るい背景が続く。これらの楽しくて幸せなシーンはだいたい陽菜の力のおかげで、その由来は鳥居をくぐっただけという大して説明のないファンタジー設定。雨の止まない都会を晴れ女の力でぶっ飛ばすというのが予告にある通りの設定であり、重要なところ。

 でも結局、ファンタジーの力には代償が伴う。陽菜はなんか消えそうになるし人柱がどうとか言われ始める。でも辛いのは現実も同じ。主人公はお尋ね者だし、須賀さんには見捨てられるし、児童相談所にはみなしご扱いされて居場所を奪われる。まだクソガキで現実に対抗する手段を持たないから、主人公が捕まりそうになったとき、陽菜にできたのはファンタジーの力で落雷をぶっ放すだけ。それで結局どうしようもなくなって、主人公に「晴れは好き?」なんてしょっぱい質問を投げて、「好きだけど」ぐらいのしょぼい回答だけを頼りに陽菜は自分を人柱にする。狂った天気を治すためとかいう大層な言い分を掲げてるけど、主人公も弟も救えてない。ファンタジーで色々誤魔化してるのはストーリー的なご都合主義の問題か、それともどうしようもなくなった陽菜の決断か。まあいいけど、とにかく主人公はそれじゃ納得しなかった。

 「天気がいいとなんだか気分も軽くなる」的なことを言っていた主人公も、めちゃくちゃ天気がいいのに大事なものを失って最悪の気分に。そこでやっぱり主人公は陽菜を取り戻すため、現実と戦う。具体的にいうと警察との追いかけっこ。やってることはハリウッド並だけど今度はファンタジーにもなんにも頼らず、現実に対して現実の手段で対抗する(かなりフィクション寄りで非現実的とはいえ)。

 ついでに拳銃も拾って、娘の問題という家庭的で現実的なそれを抱えている須賀さんを消し飛ばす。現実を受け入れるのでも諦めるのでもなく真正面から拳銃突きつけて戦っていく姿勢を見せて、ようやく陽菜に会った主人公は、天気の狂った世界でもいいから陽菜と一緒にいたいと告げる。

 エピローグで、東京は結局雨に沈んだまま。でもまあ歴史的に見ればそういうこともあるっしょみたいに納得して、ある程度成長した主人公は帰ってくる。変な光(=晴れ女ファンタジーパワー)に焦がれて現実逃避紛いの家出をしたときはめちゃくちゃ苦労したバイト探しも、順を追って高校を卒業し大学生にさえなってしまえば引く手あまたで超余裕。

 なんかもやもやした気持ちで、でも結局彼女にはなんていえばいいんだ? と頭を悩ませながら再会した陽菜に向かって、「大丈夫」の一言。雨が降ってても問題ない。現実が厳しくても大丈夫。僕たちはやっていける。

 雨が降ったままの辛い現実を受け入れて、その上できっと大丈夫だとヒロインを安心させる主人公は、もうファンタジーに頼る必要がないのだと、そういう感じのストーリー。

 ストーリーが迷子

 そういうわけで気になった点を挙げていきます。

 まず一番に気になったのはこれなにする話なのって点。特に表題にある天気についてだが、これが明確にストーリーラインを形成しているかというとだいぶ怪しいのがその原因だと思う。

 まず天気がずっと雨なのに対し、それ自体がなにか具体的な被害を主人公たちに及ぼしているわけではない。どちらかというと演出に近く、登場人物たちもずっと雨降ってて憂鬱だなーぐらいにしか思っていない。序盤、主人公にとっての問題は都会でどうやって生き延びていくかに焦点が当たっている。
 だからヒロインが100%晴れ女であることを知った主人公が考えたのも、それで金儲けができるっていうことの方が先にくる。狂った天気を治して人々を幸せにするのが楽しいとヒロインが語るのは割と後になってからで、彼女にとっても一番の目的はお金を稼いで生き延びていく方向にあったと感じる。

 そんな状況で、後半から人柱がどうとか言われ始めるのはどうなのか。じゃあやめればいいじゃんとはなる。実際、主人公は人柱説を直接聞くよりも先に晴れ女ビジネスを休業しようとしている。人柱どうこうで悩んでいるシーンより、警察に追われているシーンの方が多い主人公やヒロインの家庭事情、警察に追われていること、現実が辛いこと等々と天気が狂っていることは直接的に関係がない。そんな環境で、天気を取るか大切な人を取るかの究極の選択が生まれるはずもない。目の前の生活で精一杯の主人公たちにとって雨がちょっとやそっと降っていることなんてストーリーの中心になることはないし、それを見ている俺たちにとってそれはあくまでも背景と演出の問題でしかない。

 たとえば、君の名はのファンタジー要素であるところの「入れ替わってるー!?」はそれ自体がストーリーを動かしていたし、その状況でどうやって生活するか、どうやって元通りにするか、という目的をストーリーに生み、最終的にはその入れ替わりが隕石被害を避けるために仕組まれた超常現象だったということが発覚して明確にストーリーが繋がる。隕石被害を回避することはそのままヒロインを救うことに結び付くため、主人公がそのために奮闘する動機は十分。君の名はのストーリーがどう評価されているかはあまり調べたことがないけど、エンタメ的にはちゃんとまとまっていると俺は思う。

 それに比べると、天気の子はファンタジー要素がマジでストーリーに絡んでこない。たぶんこっちは君の名はと反対で、天候の被害を避けるためには人柱のヒロインを見捨てないといけない。そこの葛藤がシリアス部分になるはずの設定なのに、肝心のメインストーリーに天気が関係ないから、葛藤が生まれない。何度でもいうけど、主人公にとって重要なのは都会で生き抜くことと警察から逃げることとヒロインと一緒にいることであり、天気なんかクソほどにどうでもいい。ヒロインがいきなり消えるのも意味がわからない。そうしないと都合が合わなかったのか? 現実があんまりにも辛いからファンタジーパワーで天気を治してそれで終わりにしたいみたいな、天気が晴れればみんな幸せになるだろうみたいな希望的観測でヒロインがそうしたとかであれば、まあ理由付けはできるけど、ストーリーとしてはあんまりにも不十分じゃないか。

 そもそも序盤、主人公が晴れ女ビジネスを始める前に、彼は須賀さんちに住み込みで働いてある程度の安寧を掴み取っている。雨降る現実の世界でどうにかこうにか既にやっている主人公はヒロインと出会わなくても居場所を得ている。それが陽菜と出会ってからはここが自分の居場所だみたいな、彼女と出会って救われたみたいな雰囲気出されても困る。須賀家と陽菜家は別に意味のある干渉をするわけでもないし、須賀家は物語上の立場として非常に曖昧な存在に思える

 一応、須賀家はファンタジー要素一切なしの居場所として陽菜と対比できる。主人公と同じ元家出少年で、妻を失っても娘と一緒に住むため現実と向き合い続ける須賀さん。ここは足掛けだと言って就職活動をする夏美。二人とも最後は主人公と一緒に警察に抗ってくれる。でもなんかこの辺、立ち位置がふわっとしててよくわからん。主人公が晴れ女ビジネスで一発当てられるなら、ライター業を足掛けにする必要は別になかったんじゃないか? 陽菜が主人公に光を当ててくれるなら、須賀さんが手を差し伸べる必要はなかったんじゃないか?

 まあね、ボーイミーツガールとしてはいいんだよ。ボーイとガールが恋愛してればそれっぽくはなるし。でも結局のところ、一番ストーリーを動かしてるのは警察なんだよ。リーゼントが主人公を追いかけてなかったらなんにも始まらないストーリーなのが納得いかない。天気が悪かろうが晴れ女が人柱になろうが、警察に追われていなかったらこいつらのストーリーに起承転結でいうところの転と結が生まれてないし、なんだったら起の辺りでなにをするストーリーなのか怪しい。現実に押しつぶされそうになる思春期の少年少女の逃走劇をしたいんだったら、天気なんてマジでどうでもいい。本当に何度でも言うぞ、主人公にとっては天気が狂ってることよりも、リーゼントが追いかけてくることの方が百倍大変なことなんだよ
 尺を見ればわかるだろ、どんだけリーゼントが画面に映ってると思ってんだ。だから陽菜は自分を生贄に捧げることでリーゼントを破壊するサンダーボルトになった方がストーリー的には正解だった。主人公は陽菜のおかげで助かった、世界もリーゼントがいなくなって平和になった。でもこれじゃ陽菜さんが救われない。だからファンタジーの力には頼らず、自分の力でリーゼントと戦う。現実を受け入れて陽菜さんと一緒に暮らす。それでよかったんじゃないの。陽菜も帆高も勘違いしているようだけど、お前らが不幸なのは天気が狂ってるからじゃなくてリーゼントが追いかけてくるからなんだぞ。

キャラの掘り下げについて

 これはもう単純。なぜ主人公が家出してきたのか? これが書かれていない。終わり。

 『あの光の中に、行ってみたかった』。この一言が主人公のバックグラウンドのすべてであり、息苦しい島のことも、捜索願を出している親のことも、作中ではほとんど語られない。俺たちには思春期を生きる少年少女のコンテクストが作品を超えてある程度共有されているからまあよくある感じのやつだろうと想像はできるけど、そこを省略しちゃなろうのステータスオープンと大差ない。

 まさかあえて描写しないことに意味があるのか? と疑いたくなるほど主人公の背景は薄い。そんなだから時折入るモノローグも薄っぺらい。まあ回想回想アンド回想でしかキャラクター付けをできないのもどうかとは思うけど、これまでの生活を全部投げ捨ててでも都会に一人でやってきた主人公を描写するにあたり、これまでの生活について一ミリも語らないのはさすがに感情移入のしようがない。まさか、本当に背景設定をすべて投げ捨ててきたから描写しなかったのか? いやあさすがにそれは。

 あとついでに言うとヒロインの背景も薄い。お母さんなんか勝手に死んでてウケるんですけど。オタクに感情はないから、顔も名前もわからない赤の他人が死んでることに対して共感とかできません。キミ、ご両親はいないの? へー中学生と小学生で二人暮らしなんだ。親戚の方は? 児童相談所には行った? え、じゃあどうして二人で暮らしてるの? 水商売? お金に困ってるならおじさんがいいお仕事を紹介してあげるよ……

その他の細かい点について

シバタ

 彼がいなければ物語は始まらなかった、この作品のキーパーソン。拳銃捨て男ことシバタ。予告でかっこいい須賀さんの台詞と共に銃声が鳴るシーンを見て須賀さんとシバタを結び付けたのは俺だけじゃないはず。結局一度も姿を現さない彼は縁の下の力持ち。なわけねーだろ話を動かすためだけに物騒なもん落とすなこの無能。

瀧くんと三葉

 出てくる意味あった? 君の名はファンはこんな取って付けたような登場でも喜べるわけ?

 雨が魚みたいになってるのが晴れ女の代償だと思ってたけど別になんも活躍しなかった不思議なお魚くんたち。どこかが晴れる代わりにどこかで魚たちが暴れてるみたいなことは特にない。あったとしてもストーリーには関係ない。

アヤネとカナ

 声優の名前を出してオタクに媚びたつもりか? だからそういう取って付けたようなことでファンサぶるのやめろって。

本田翼

 俺が棒読みをそこまで嫌いじゃないからか、前評判ほどは気にならなかった。というかそーつぉーどおりが一番酷いのであれを予告に入れるべきではなかった。もちろん他が上手いわけでは決してない。

警察が無能

 散々逃げ回ろうとする主人公を何度も逃がすリーゼント軍団。よく線路走ってるときに捕まらなかったな。フィクションではよくあることだけどね。

まとめ

 いや、面白かったですよ。嘘じゃないです。でも感想でストーリーに触れると粗が目立ちます。お話は全体でみるとまとまりがなくて、頭でこねくり回してると穿った見方をしてしまいますが、基本的にはボーイミーツガールとして見ておけば気持ちよくなれます。音楽と絵は期待通りだし(音楽は君の名はの方がインパクトあったか?)、それぞれのシーンも個別で見るとエンタメ性が強くて楽しくなれます。後半の「みんなで逃げよう」から始まるありがちな逃走劇はエピローグまでテンポがよくて映画を見てる感がすごい。

 テーマ性についても、まあ答え合わせみたいなのは野暮だと思うのでここでは自分なりの解釈で語りましたが、結構好きです。晴れ女がどうこうとか言っておいて最後は結局雨が降ったまま「きっと大丈夫」で締めくくるのはオタク好みする。でも「大丈夫」についてはぽっと出感がバリバリなのでワードチョイスが微妙だと思う。もうちょっとなにかと掛けてくれ。大丈夫の後にタイトルを出されてもどんな反応をすればいいのか俺にはわからない。余談だけど天気の子ってタイトルもあんまりセンス感じないね。文句で終わる感想はどうなんだ。まあきっと大丈夫でしょう。

天気の子

天気の子

 

 

『TFT Teamfight Tactics』攻略、連敗エレメンタリストの話をする

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 もう散々言われてることだけどエレメンタリストがなんでもできるマジOPなのでその辺の話をします。修正来るまでこれだけやってれば勝てると思うよ的な感じでね。

エレメンタリスト概要

 まずなんでエレメンタリストが強いかということで。まああれですね。シナジーで出てくる岩(本家LOLのデイジー?)がめちゃくちゃ硬いということとブランドがトップレベルのDPSを持っているというこの二つが大きな要因です。しかもタンクとDPSという相性の良い二要素であり、かつ揃えやすい。まずはその辺を説明します。

シナジー効果が強い

 エレメンタリスト3で出てくる岩はゲーム内随一のタンク性能を誇ります。なぜか右クリックでステータスを見れないので細かいところはわかりませんが、たぶんHP3000とか4000ぐらいはあるように思えます。4ゴールド星2のHPがだいたい高くて1500~2000なことを考えると、下手なタンクを一体置くよりも二倍の硬さがあるということになります。
 基本的に終盤を除けば、タンクはこの岩一体で事足りてしまいます。特に中盤、まだ火力の揃っていない相手が岩を殴っている間にブランドが適当に火の玉を放り投げていれば、それだけで相手をボコボコにできます。

 またこのシナジーが強い点として、星2を急ぐ必要がないのはかなりの強みです。たとえば割合でクリティカルの威力を上げるシナジー効果のアサシンや、同じように割合でHPを上げるシェイプシフターなんかは、元の駒が重なっていなければ効力は伸びません。しかしエレメンタリストは岩のHPが固定なので、単体性能の低いリサンドラが星1のままだろうと、ケネンがスキル発動前に蒸発しようと、なんとかブランド一体さえ引ければそれだけで中盤を乗り切れます。
 大抵の構成は星2が揃ってようやく完成と叫ぶ権利を得ることができますが、エレメンタリストは星1軍団でも完成と宣言して四位以上を確定させる権力を持っています。もうナーが星2にならなくて悲しむ必要はありません。

 逆に岩のHPが据え置きということは、その影響力は終盤に向かって次第に衰えていくということを意味しています。まあでも終盤になったらエレメンタリスト以外のシナジーをいっぱいつけて、星2ブランドにたくさんアイテムを持たせ、なんか適当にやってればだいたい勝てます。エレメンタリストは中盤にクソ強い構成ですが、終盤ですら普通に強いので謎です。

ブランドが強い

 ブランドのスキルは現在で星2のダメージが300、それが四回跳ねるので計1200のダメージが入ります。オレソルは一発で450なので、だいたいオレソルのスキルが三体に当たったのと同じくらいの火力が、安定して出てくるわけです。ちなみにオレソルは素の攻撃力が低いのと必要マナが多いので、構成が完成するまでかなり不安定です。ソーサラーが大して強くもない駒を三体とか六体とか集めてようやく安定させられる火力をブランドは一体で完成させます。とても強い。

合わせるシナジーについて

グレイシャル

 大安定です。正直全部これでもいいくらいです。

 エレメンタリスト界随一の弱さを誇るリサンドラ。これがグレイシャルを持っているので、適当にもう三体グレイシャルを追加し、6枠でグレイシャル4エレメンタリスト3を発動させるのが基本です。
 特にグレイシャルはエレメンタリスト関係なく安定して強いので、最強と最強が組み合わさりとても最強になれます。その要因としてアッシュ、セジュアニ辺りが挙げられるでしょう。ブランドと一緒にアッシュを後衛に入れて2DPS、セジュアニを前に置いてタンクとスタン、あとは適当にグレイシャルで凍らせておけばブランドがすべてを焼き尽くしてくれます。

 グレイシャル4はだいたいリサンドラ、アッシュ、セジュアニ、ボリベアに落ち着きます。この中で足りないものがあったときにだけブラウムが入る感じですね。セジュアニが来ないとき、とりあえず数合わせのブラウムを入れてお茶を濁したりします。

 あとはレベルが上がったとき何を入れるかですが、選択肢自体は結構多いです。適当に強いヤツを放り込むのでも良し、グレイシャルを6にするのでも良し、デーモンとかレンジャーを加えるのでも良し。

 グレイシャルを6にするのは簡単です。レベルを8まで上げて、ブラウムとアニビアを追加するだけ。しかも単純に強い。アニビアもエレメンタリストなので、ケネンと入れ替えて他のを入れたり、リサンドラと入れ替えてグレイシャル4のまま別のに移行したり、あとはヘラアイテムでグレイシャルを増やしたりと、思ったより選択肢の幅もあります。

 また個人的におススメなのは、ヴァルスを入れてレンジャー2とデーモン2を加える構成です。単純にシナジーが二つ増えるのが強いのと、アニビア抜きのグレイシャルエレメンタルは前衛が多いのでDPSを増やしたいという思いからヴァルスが選択肢に入ります。2ゴールドなので手軽だし、最悪はシナジー発生装置として入れておくだけでも仕事をしてくれるのは安定という視点からも強みでしょう。あとはヴァルスだけ入れても7枠なので、最終盤でまた選択肢が生まれるのもいいですね。ヤスオでもチョガスでも強そうなやつを適当に入れておきましょう。

デーモン

 ブランドがデーモンなので、エイトロックス、モルガナ、イブリンなどを適当に合わせ、デーモン4エレメンタリスト3を目指す構成です。これもとりあえずは6枠で揃います。アップデートでデーモンがバフされたりされなかったりするそうなので、まあ視野に入れておいてもいいでしょう。ちなみに知らない人が多いですが、エイトロックスのスキルはとても威力が高いので一発撃てればそこそこの性能です。

ソーサラー

 成功したことないのでわかりません。たぶん上二つの方が強いです。

連敗からのエレメンタリスト

 まあこれが本題ですね。あと最初に言っておきますが、連敗はドタチェスの名残でそう言ってるだけで別に連敗はしなくていいです。要するに、負けてるところからのエレメンタリストで逆転する動き方を説明します。ちなみに某動画ではエコノメンタリストと呼んでいるそうですが、まあ呼び方はなんでもいいです。

 負けているときのエレメンタリストが強い理由は、もちろん単純にエレメンタリストが強いからという以外にもいくつかあります。いつぞやにドタチェスの連敗戦術において強い構成の記事を書きましたが、あれを知ってる人ならより理解しやすいかもしれません。

 エレメンタリストと連敗の相性が良い主な理由は以下の通り。

・星2にならなくても強い
・必要な4ゴールドがブランド一体
・2,3ゴールドがメインで、1ゴールドに必要なものがない
・レベル6である程度完成する

 この辺でしょうか。一個ずついきましょう

星2にならなくても強い

 星2にならなくても強いというのは上でも説明した通りですが、これは連敗時から逆転する際に重要です。普通に勝っているときには順当に駒を重ねていけばいいわけですが、連敗からのAPMで逆転する際、1ターンで駒が重なるかどうかに賭けるのはかなりリスキーです。しかしリサンドラとケネン一体ずつぐらいなら普通に見つかるでしょう。問題となるのはブランドが引けるかどうかぐらいです。

必要な4ゴールドがブランド一体

 これは構成にもよりますが、グレイシャルエレメンタリストの場合、レベル6段階だとセジュアニは必須ではありません。そうすると必要な4ゴールドはブランド一体。連敗からだとガチャを回し始めるのがレベル6ですから、4ゴールドは排出率的にあまり多くは望めません。ナー星2とかオレソル星2とかは絶望的ですが、ブランド一体だけならまあ許してもらえるでしょう。気合でブランドを引いてください。

 あと某エコノメンタリストでは4ゴールドをいっぱい入れたグッドスタッフ的な構成が手本となっていますが、あれは6回しで揃えるのではなく、連勝してて余裕があるときの動きだと思ってください。

2,3ゴールドがメイン

 これも上と同じです。レベル6ガチャでいっぱい出てくるのは2,3ゴールドなので、その辺を多く使う構成であるグレイシャルエレメンタリスト(あとデーモンも)は連敗向けです。1ゴールドは一切使いませんので序盤の運も関係ないし、負けている序盤はHPを維持できる程度の星2だけを確保し他を売ることで利子を取ることができます。

レベル6である程度完成する

 これも連敗時の必須項目です。レベル6回しから連勝に繋げるため、グレイシャル4エレメンタリスト3という6枠で完成するシナジーはとてもちょうどいい構成です。ついでに言うと、レベル7でヴァルスを入れるのも、更に連勝を繋げるためにしっくりくるムーブだと思っています。レベル6を皮切りに終盤まで段階的な強化をできるのがいいところですね。

立ち回りについて

序盤

 負けていると仮定します。最初に星2が作れず、目指せそうなシナジーもほとんどないという辛い展開。回転寿司はヘラでも取っておきましょう。アイテムの優先順位は他の構成と変わりません。

 利子はできる限りとっておきましょう。変な2ゴールドは買わないこと。1ゴールドの星2を作って、少ない消費でHPを維持することを心がけること。ただし利子を意識しすぎて構成が弱くなるとHPが減りすぎたり、2-6のクルーグに負けたりしてショックを受けるので、ほどほどのところを見極めていきましょう。連敗ボーナスのためにわざと負けに行くのは、HP的に難しいので考えない方が無難です。

 ゴールドの目安としては、3-4の回転寿司前に50ゴールドにいけていれば十分です。あとはHPと相談してリロールに入るタイミングを決めていきましょう。

 ちなみに序盤にパーツがショップリストに現れたときですが、基本的に全部取る必要はありません。利子の許す限りはもちろん取りますが、あと2ゴールドで利子が得られる、というときのリサンドラなんかは売ってしまっても大丈夫です。どうせ6回しするときにまた引ける上、前述の通り星2にならなくても構わないパーツだからです。
 逆にアッシュなんかの重要なパーツは取っておいた方がいいですね。ボリベアも癪ですが確保しておきたいところです。単純な強さと、星3を目指すので取りこぼしを避けたいという理由です。

中盤

 HPに余裕があれば(だいたい50前後残っていれば)、ステージ3-5まで耐えてキリ良くレベル6に上げられます。そこからリロールして逆転に持っていきます。

 重要というか問題なのは、ここでブランドが手に入るかどうかです。寿司に一番乗りしてブランドを食えていればなにも言うことはありません(これを狙うために、寿司まではリロールを我慢したい)。寿司ネタにブランドがいないときは震えながらガチャを回してください。まあレベル6で4ゴールドが出る確率はそこそこ(10%)ありますから、一体ぐらいは出るでしょう。出なかったら死んでください。

 50ゴールドまで貯めたお金を、だいたい30ゴールドまで減らして構成を整えます。それ以上使うのは、本当に引きが悪くて勝てなさそうなときです。逆に30ゴールドぐらい残しておければ、そこから連勝していって他に追いつくには十分な金額です。

 狙う構成のテンプレは、
 ブランド、ケネン、リサンドラ、アッシュ、ボリベア、ブラウム(セジュアニ)です。

 ちなみにヘラアイテムが作れていた場合、他に候補がいなければヴァルスを入れるとよいでしょう。自然の力が強いのはもちろん、フローズンマレット(グレイシャルが増えるやつ)をヴァルスに付けるのも結構アリです。

 何回かやっていればわかりますが、星2はあんまり作れていなくてもそこそこ勝てます。だいたい半分ぐらい星2になっていれば十分でしょう。どのくらいの完成度なら勝てるか、どのラインが30ゴールドを破ってでもリロールし続けるべきなのかは、慣れていけばなんとなくわかるようになります。

終盤

 レベル7で一切リロールせず勝ち続けるのは難しいので、適度にガチャを回して星2を作りつつ、出てきた駒で今後の方針を決めます。ヴァルスを入れる構成の利点は、ここで安定した強化をしつつレベル8を目指すかレベル7で回し続けるかを選べる点です。
 もしレベル7で死にそうだったら、ここで回しまくってブランド、セジュアニの星2を作りましょう。逆に余裕をもってレベル8にいけるなら、お金を節約してレベル8でリロールをしましょう。この辺もどこまでリロールするかは、慣れで判断できるようになるでしょう。

 レベル8になったとき何を入れるかは好みだと思っています。まあ強いのを入れましょう。みんな大好きナーチョガスでも、ヤスオでもいいです。一応ケイルを入れてもセジュアニと一緒にナイトが付きます。アニビアを引いたらリサンドラやケネンと入れ替えてもいいです(何も抜かずアニビアを入れてグレイシャル5にしても別に弱くはありません)。
 本当は相手の構成をメタれるものを入れましょうと言いたいところですが、現状一体だけで特定の構成をメタれる有用な駒はTFTに存在しません。なので引いたものを適当に入れてください。

 あと星3を目指す駒ですが、一番はアッシュですね。次にヴァルスとボリベアがいいでしょう。この構成は星3に頼るわけではないので、一位を目指すときのダメ押しとして考えましょう。

配置

 後ろ二列に並べましょう。もちろんブランドとアッシュは一番奥です。

 後ろ二列に並べるのは、エレメンタリストの岩を前に召喚するためです。あいつは大概ランダムに出てきますが、配置を縦に伸ばしてしまうと後ろの方に出てきてまったくタンクをしてくれない場合があります。なので後ろ二列にみんなを並べて、岩が前に出る可能性を上げていきましょう。

 前に出す駒は、当然セジュアニとボリベア、ブラウムは確定。前衛が足りないときはリサンドラも前に出してあげましょう。後ろにおいても仕事をしないので、生贄として前衛に立たせる方が有効です。

アイテム

 この構成はどのアイテムも腐りません。一番欲しいのはマナアイテムとAS強化アイテム。それらをまずはブランドに持たせましょう。ショウジンなどのマナアイテムは何個持たせてもいいし、ラピッドファイアキャノンやグインソーなどAS強化系も一個あるとマナ回復につながるのでかなり強いです(デーモン的にも強い)。ラバドンデスキャップなどスキル強化系アイテムも一個持たせておくと楽しくなります。

 次に、余ったAS強化、攻撃強化アイテムはアッシュに持たせましょう。この構成二番目のDPSであり、グレイシャルを一番発動させやすいCC要因でもあります。

 タンクアイテムは、いわずもがなセジュアニに持たせておきましょう。彼はスキルも強いので、フローズンハートで地味にマナを高めておくのもいいし、普通にファントムダンサーやドラゴンクロウで硬くするのも良い選択です。

 あと最近ハマっているのはゼファーですね。アイテムをあまり持たないヴァルス辺りにゼファーをつけて、相手のキャリーを狙い撃ちして浮かせると最後のチェス対決でかなり優位に立てます。ブランドやアッシュはアイテム枠が埋まりがちなのでヴァルスに持たせてあげるわけですね。ゼファーのために変なとこに置く羽目になっても痛くないので非常に使い勝手が良い駒となってくれます。

まとめ

 エレメンタリストには無限の可能性があります。ランクマが始まったら世界はエレメンタリストで埋め尽くされるでしょう。いっそナーフされるんじゃないかと思っています。