くだらねえオタクの話をする

『HELLO WORLD』感想、SFとかわかんねえし冒険の話をしよう

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 ハロワことHELLO WORLD、見てきました。ただいつもは見た後すぐに感想を書くんだけど、今回はあんまり書くことないなーってのと中身あんまり理解できてないなーってので一週間ぐらい放置してました。でもまあ小説版を読んだり他所の記事見たりしてだいたいわかってきたのでなんか書こうと思います。

 まあ基本がSFなので考察をさせる作品なんだけど、それは他所で散々語られてるしそれでもなお釈然としない部分があって正直語るのが面倒なので、別の部分についてちょっと書いていきたいと思います。

※当然ですがネタバレあります。

概要

 脚本は野崎まど。SF系のラノベ作家として知られ、最近では『正解するカド』でアニメ脚本を担当し、多くのユーザーに変な期待と妙な落胆をお届けすることを生業としている。俺はカドを見た以外だとコメディ短編集の『野崎まど劇場』を読んだぐらいなので理解度は深くないが、センスを感じると同時に物語のまとめ方に難があるタイプのクリエイターだという話は聞いている。

 で、今作に関しても映像作品を見続けてきた人間としては不安が煽られるような宣伝がされている。「この物語は、ラスト1秒でひっくり返る――」という失敗を約束するかのような一文に戦々恐々としながら俺たちは劇場へと足を運び、実際見たところまあ悪くはないなと俺は思った。どちゃくそにひっくり返ったかというとなんとも言えないが、ノルマぐらいは達成できた感じがする。
 逆に、そこ以外で驚愕する要素はかなり控えめだった印象。未来の自分が来るという話はもはや使い古されているし、味方だと思っていた主要人物が実は黒幕だったというのもよくあることだし、ラスト1秒で明かされる設定も、別に元の世界ですら大元の世界の下位構造でしたっていうのはSF的に探せばあるんじゃないの? って思う。俺はあんまり詳しくないし普通にへーって思ったけど、ただラスト1秒でひっくり返しきれてないから終わったあとに悶々とした感じは残った。というか他所で考察を漁った今でも納得できてない部分がある。

 じゃあ評価はどうなの? というところで、映画を見終わった段階だとまあ悪くないなぐらいの感想。ただそれが、小説版を読んだところでちょっと変わった。作者はちゃんと野崎まどで、映画よりも先駆けて出版されている。

HELLO WORLD (集英社文庫)

HELLO WORLD (集英社文庫)

 

  これね。俺は好き。なにが好きかっていうと、主人公である直実の陰キャ描写がすごい多い。
 映画でも直実が『決断力!』の本を片手に優柔不断でコミュ障な自分を変えたいと願う描写はあるけれど、映像でテンポよく流れるからかコミカルな印象がある。しかし小説版はそれよりもずっと暗い。地の文は直実が己を卑下する文章に溢れているし、失敗を恐れて一歩を踏み出せずにいる様子がひたすら強調されている。序盤は完全に、自信のない主人公が未来の自分から助けを借りて彼女を作ろうとする青春小説。
 だからこそ彼は「やってやりましょう」と自ら険しきに挑む一行さんに惚れるし、対して一行さんを取り戻すためにその身を投じる直実とナオミの姿は、まさしく一行さんが惚れ直すに相応しい冒険小説の主人公のような存在として映る。俺はデータの世界がいくつあるか考察するよりも、こっちを考える方が好きだね。

解説

 とはいえ、他媒体などで得たSF部分の知識をなにも解説せずに喋っていくのは難しいところがある。ぶっちゃけ考察については他のとこを参照してくれと言っても良いのだけど(実際、どこで読んでもだいたい似たようなことが書いてある)、せっかく自分でも調べたのでできる限り短くまとめていきたい。
 ちなみに参考図書として、先ほど挙げた小説版と、同じく小説のスピンオフHELLO WORLD if ――勘解由小路三鈴は世界で最初の失恋をする――』がある。

 ついでにウェブ限定で、十年後のナオミがそこに至るまでを描いた10分×三部作の『ANOTHER WORLD』が配信されているが、これは考察に関係ある部分がほとんど出てこなさそうなのであまり触れない。内容的には彼女を失った主人公が新海誠風味のモノローグを垂れ流していく系で、見たい人は見ればいいと思う。登録とかちょっとめんどくさいけどね(特設サイトhttps://www.hikaritv.net/sp/another-world/

 じゃあいきます。まず大前提として、作中世界にはアルタラ内にある2027年の世界、十年後のナオミがいる2037年の同じくアルタラ内の世界、そして実は死んでなかった一行ルリのいる現実の2047年の世界、その三つがある。
(人物表記がややこしいので、小説版にならって27年の主人公を直実、37年をナオミ、そして47年の一行さんをルリと書きます。また27年の勘解由小路さんを三鈴、47年をミスズと書きます)

 大元は現実の2047年。そこでは実際のところ、高校生時代の落雷によって直実の方が脳死になっている(この辺はifで説明されている)。
 事件から20年後、ルリは直実の意識を取り戻すために研究を重ね、ついにその技術を実現。死んだ脳みそを再起動するだけでは足りない記憶の部分を、量子記憶であるアルタラ内から引っ張ってきて『器』に同調できる『中身』とすることで、脳死状態の人間を再生させるプロジェクトがこの物語の真相。
 そして器に相応しい中身を探すため利用されたのがアルタラの量子記憶。
 2047年では技術が進歩し、かなり自由にデータ内への行き来が可能。深刻なエラーさえ起きなければリセットも容易と、ナオミ時代に比べてかなりイージー。そこでルリとミスズはデータを現実から書き換え、落雷の被害者をナオミからルリに変更。データ内で生かしておいたナオミから中身を引っ張り出して器に同調させようという、ナオミと同じことを高い技術水準で達成しようとする。
 しかし問題が一つ。対象であるナオミがメンヘラおじさんとなっており、器に同調させられるような精神状態ではなくなってしまうため、そのままの中身だとクソの役にも立たない。(そもそも落雷直前の中身じゃ駄目だったのか、ナオミを生かすとしてルリを代わりに殺す必要があったのか等は一旦置いておく)
 そのままだとナオミはメンヘラのままだし、所詮はデータの2037年だとナオミが一行さんを2027年から引っ張ってきた時点で自動修復システムが作動してしまうため、そこでリセットせざるを得ない。考えた結果、ルリとミスズは自らがデータ内にダイブして影響を与えていくことにする。それがifで描かれているミスズと協力する三鈴の活躍だったり、本編では2037年に飛ぼうとする直実を手助けするカラスのルリだったりする。(ちなみにカラスが釘宮ボイスなのは映画だけで、小説だと「無機質で機械音声みたいな声」と表現され、その後に出てくるルリの声と一致することで正体がわかるようになっている)
 その結果、ナオミは無事に事故当時の優しくて大切な人のために動くことができる精神を取り戻し、ルリによって現実へ転送される。現実はここでハッピーエンド。

 またデータ内だと、2037年で複数の一行さんや直実が同時に存在することで、自動修復システムが暴走してしまう。これは現実的にもよくないのでリセット案件なんだけど、それをスルーして押し通したのは作中でのアルタラ世界が初。それまでマニュアル通りの動きしかしてなかった直実が、自分の行動で何かを変えようとした部分がミソなんだろうと思われる。だからその後の展開は現実にも予測できていない。千古教授が自動修復システムを停止したおかげで、2027年の世界はアルタラ内のデータでありながらも現実である2047年すら観測することができないなんかすごい状況になって新世界が誕生する。
 一応作中でもifでも、データだからといって舐めちゃいけないみたいな発言は時々現れている。ヤベえレベルの無限量子記憶装置のアルタラが記録をなぞるだけじゃなく、直実たちの手によってオリジナルの動きをし始めることが新世界誕生の原因であり、そうなってくるとアルタラ内の世界はデータでありながら現実でも制御することができない無限の記録を持ち始め、ついには一つの世界と同等の規模を獲得する。最強マニュアルに頼っていただけの陰キャが、今度は自分で白紙の世界を歩み始めるわけである。

冒険小説として見る『HELLO WORLD

 長い前置きがありましたが、ここからが本題です。

 上でも書いた通り、堅書直実は優柔不断で陰キャのコミュ障。何事に対しても一歩を踏み出せず、可能な限り冒険を避ける、結果が分からないことには挑まない、という性格の少年。
 この「可能な限り冒険を避ける、結果が分からないことには挑まない」というのは小説中に何回も出てくる印象的なフレーズ。しかしその反面、直実は自分を変えたいとも思っている。その思いを行動にした結果が自己啓発本という一種のマニュアルなのも、変わるにしたって安全に従えるレールが欲しいという願望を表しているのが悲しいところ。
 だからこそ、直実は一行瑠璃が自分とは遠い人種だと感じる。確固たる自分を持ち、周りに流されない一行さん。直実は彼女を表現する際に「強い」という言葉をよく用いる。弱い自分と対比し、そんな彼女には近づきようがないと感じる。ナオミと出会うまでの一行さんは恋愛の対象ですらなく、もはや単なる怖い人でしかない。

 そしてナオミと出会った直実は、彼の頼みに応じて一行さんを救うことにする。冒険に足を踏み入れるわけである。〝未来の自分がそう考えているのだから〟というサポートがありながらも、彼はそのとき確かに一歩を踏み出したのである。

 未来の自分という厳しいが心強い味方、そしてその通りに従えば確実に恋人ができるという最強マニュアルを手にして、一行さんとの仲を深める直実は、しかし根本的なところでは変わってない。自分の意思ではなく、あくまでもマニュアルに記録されている行動をなぞっているだけ。
 しかしそれが、「自ら険しきに挑み、諦めずに最後までやり遂げる」冒険小説が好きだという一行さんに憧れることで少しずつ変わっていく。一番の山場は燃えてしまった本を復元して古本市を開催させるシーン。このとき初めて直実はマニュアルの指示に背き、避けてきた冒険に身を投じる。と同時に、ナオミもまた記録通りに過去をなぞるのではなく、直実に協力する道を選ぶ。誰かのために動く行動原理は2047年のルリが取り戻したかったナオミの精神に近いものであり、ここでの行動が後に状況を大きく変えるターニングポイントになっている。

 そういうわけだから、2027年の世界が自動修復で消えそうになっているとき、直実がその命を賭けてよくわからん穴に飛び込んで2037年に飛ぼうとするのも、彼の成長をちゃんと表している。青が点滅する横断歩道にすらビビって渡らないでおこうとという選択をしていた直実が、まったく得体のしれない世界の穴に、結果がどうなるかわからないけど一行さんを助けたいという一心で飛び込むようになる。
 冒険小説が好きだと言った一行さんは、私もそう在りたいと望む。対する主人公はそのとき、SFが好きだと言うのだけど、その理由が、SFのSはサイエンス、つまり科学的に現実の延長にあって、そうすると現実の自分も物語の中の人のように思えるから、というもの。どちらも小説を単なるフィクションとしてではなく、現実の自分に落としこんで考えている点が共通している。
 その際に直実は、「もちろん現実の僕なんて、ただのエキストラですけど」と付け加える。その時点ではそうだろう。じゃあ2037年に飛んで一行さんを助けに行く直実は? 険しきに挑み、諦めずに一行さんを救うと決めたその主人公の姿は、まさしく一行さんがそう在りたいと願う憧れの姿だろう。だからこれは、SFであり冒険小説なのだと、俺はそう言いたいわけである。

 それから忘れちゃいけないのが、ナオミの存在。わりと頑張った挙句に結果がボロクソで最後は救う立場ってより救われる立場になってしまった彼もまた、物語の終盤で「いや、堅書直実はあいつで――俺は、ただのエキストラさ」と自分を否定する。本当にそうだろうか?

 ナオミはそもそも、古本市で焼けてしまった本をどうすることもできなかった世界線の存在である。そのとき落ち込んだ一行さんを助けるためにとった行動は、自分じゃ彼女を励ますことはできないから、面白そうな本を片っ端から集めてお勧めして物語に励ましてもらおうというもの(ANOTHER WORLD参照)。冒険というよりは、優しさの目立つ行動に見える。その後、予期せぬ落雷に成す術もなく恋人を失ってしまう。グッドデザインがない直実なのだから仕方ないとはいえ、険しきに挑む直実に惚れた一行さんからしたら「貴方は、堅書さんじゃない」となってしまうわけである。
 だが、ナオミが単なるエキストラで終わる存在かというと、甚だ疑問ではある。たしかに優しさを失った捻くれ者のナオミは、事故が起こる前の精神とは同調できない。ただ、一行さんからは彼女のことを好きだったという十年前から変わらない本心を見抜かれているし、そこだけは変わらない。成長の方向性が違ったというだけで、彼もまた直実とは違った意味での冒険小説の主人公だと、俺は思う。

 そもそも考えてもらいたい。2047年の現実でルリたちが一大プロジェクトとしてようやく成功させた技術を、その十年前に一人で実現させるほどの研究者がナオミである。冷静に考えるとかなりヤバい奴だというのがわかる。やろうとしていることも、ルリたちとさほど変わらない。技術水準と現実かそうでないかの違いがあるだけで、彼が険しきに挑んだという事実は、彼を救うことに成功した現実のルリと同じなのだ。

 だから一緒に付け加えると、2047年のルリもまた、冒険小説の主人公ということになる。「やってやりました」の一言で締めくくられる彼女の冒険で、彼女はそう在りたいと願う自らの姿を実現できただろう。

 直実の話に戻る。2037年の世界でドンパチやった直実は、一行さんを取り戻して新しい世界に飛ぶ。元いたところではなく、まったく新しい新世界。現実の再現をするわけでもなく、当然未来の記録もない場所だから、彼が頼りにしていた最強マニュアルもない。そこで直実は、新しい世界を始めるのだ。彼はSFで冒険な物語の主人公として自らそのページを埋めていく人間になったのであり、そうしてその世界が出来る過程で、別の主人公の活躍も確かにあったのだと、そういうことである。

他媒体について

 一応他の媒体についての話も補足しておきたい

 まず小説版。これは、完全に映画版とストーリーが同じやつ。ただ何度も書いてる通り、主人公の心情描写が映画よりも細かい。臆病だった主人公が何かをやり遂げるように成長する過程を大事にしてる印象が強く、冒険小説とばかり言ったけど青春小説的な側面もある。
 ただ小説単体だとお話としての描写が薄く、はっきりいって映画を見てるの前提な感じはした。俺はこういうのって映画見て好きな人が小説も買うみたいなイメージなんだけど、小説だけ先に読まれても全然意味がわからないんじゃないかと思う。ちなみに考察的な意味でも映画と情報量はそんなに変わりません。

 次に勘解由小路(かでのこうじ)さんif。これは三鈴のところに2047年のミスズがやってきて、直実と一行さんの手助けをするという話。ifなので本編の展開に勘解由小路さんが加わったような話になるが、設定的には同じなので2047年の連中を理解するにはかなりの情報源になる。本編でも勘解由小路さんが二人の周りでうろちょろしつつも物語そのものには絡んでこないみたいな妙な立ち回りをしていたので、このifストーリーほどではないけどミスズの干渉はあったのかなというところ。
 単体での評価は、どうやらかなり良いっぽい。俺は勘解由小路さんが本筋に絡み始めた辺りから蛇足というかなんというか、オリキャラを出したがりな二次創作みたいな痒みを覚えてしまったのであんまりなんだけど、まあスピンオフとしては悪くないと思う。

 そして俺が触れたものとしては最後にANOTHER WORLD。これはひかりtvだかdtvチャンネルだかでしか配信されていない10分×3作のショートアニメ。ナオミが最強マニュアルなしで一行さんと結ばれるまでの話、大学生時代にめっちゃ勉強してた話、アルタラにダイブする一年前の話(10/4配信なのでまだ見れていない)の三つ。
 まずこれ、見るまでがだるい。クレジット見たら映画の製作がひかりtvになっていたのでそういう理由だろうけど、このサービスに元から登録してるオタクはそんなに多くないと思う。ちなみにdアニメストアとdtvは違うので注意。dtvとdtvチャンネルも違うので注意。
 内容の方は、まあ映画が好きな人なら見といていいと思うけど、真新しい発見とかはない感じ。主人公のモノローグとかは陰気な感じで君の名は以前の新海誠を彷彿とさせるので俺は好き。ただ二話で出てきた女はそんなに好きになれねえな。三話を見たらもうちょっと書き足すかもしれない。

まとめ

 はい。そういうわけで悪くない作品でした。まあ爆弾級のインパクトはないよね。そこまで真新しいことをやってるわけでもないし、詰めるとガバいところもあるからクオリティもべた褒めはできない。でもまあオタクはこういうSFに寄せた青春モノって嫌いじゃないですよ。俺もそうだよ。冒険小説って言ったけど序盤の主人公のモノローグは完全にジュブナイルだったので俺はそういうのが滲み出てる作品はわりと好きですね。

新世界

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