くだらねえオタクの話をする

『ある日本の絵描き少年』感想、ステ女とワナビと主人公じゃない誰かの話をする

f:id:yossioo:20190311220324j:plain

 悪名高きゾンビアニメこと『ステラ女学院高等科C³部』。その監督である川尻将由が新作を発表したというのを遅ればせながら↓の記事で知ったのでそれを見てきた。その話をします。

nlab.itmedia.co.jp

概要

 どこから話せばよいのやらという感じなんだけど、とりあえずステ女が俺にとってかなり好みなアニメだったということをまずは知っておいてほしい。
 ちなみにステ女すら知らない人はそもそもこの記事に辿り着かないと思うので、細かい説明は省略。知らない人は上の記事でも読んでくれ。

 で、ステ女がクソアニメ扱いされてるのは俺も知ってるし、実際いろんな観点からしてクソであることには間違いがない。
 ただ俺が好きなのは主人公のゆらにまつわるシリアス展開。俺が見たアニメの中でもトップを争うレベルの陰キャコミュ障具合に、割と序盤から散りばめられる他のメンバーとの軋轢の種。明らかに周囲から浮いてるのに自分の何が駄目なのかわからないゴミっぷり。そんで終盤にクソみたいなムーブをかましていわゆる謎シリアスに入り込むんんだけど、ゆらの性格がクソであることを前提にして考えるとあれは結構納得できる。要するに平坦な萌えアニメとして見ないで、クソ野郎が四苦八苦するストーリーとして見ればあれはちゃんとまとまりのある話だとは思う。その辺が好き。

 その結果円盤売り上げ267枚という輝かしい記録を残した監督がその後業界に姿を現すことはなかった……と思わせて今作の登場。
 『ある日本の絵描き少年』はいわゆるインディーズで、全編20分の短編アニメ。生粋のワナビとして生まれた主人公の出生からおっさんになるまでを描く作品で、最初は子供がクレヨンで描くような絵柄だったものが、主人公の成長に合わせて彼の描く絵と同じように現代風のそれに変わっていくのが特徴。なんなら終盤は実写も出てきてその辺の演出に力を入れていることがわかる。普通に見ていて面白いしインディーズならではだなって感じ。

ストーリー

 お話の本筋はまーよくある夢を叶えられなかった漫画家志望の半生といった感じ。主人公であるシンジくんのそれは予想の範疇を出ない“あるある”だし、最近流行りの漫画家漫画みたいなのでも腐るほど見かけるぐらいありきたり。そういうありきたりな人間の話がこれ。

 少し違うのは、友人であるマサルくんの存在。マサルくんはダウン症のプロレス狂いで、いつもマスク姿の人間の絵を描いているとかいう中々見ない人種。主人公とは絵を描くのが好きという共通点だけがあって、出てくるのは序盤と終盤だけ。マサルくんは当然商業的な成功とかのために絵を描いたりはしないんだけど、成長につれて絵柄も変わり漫画家という夢に折れたシンジくんと、30歳になっても昔と変わらないままマスク姿の人間の絵を描き続けているマサルくんの対比がストーリー的な山場の一つ。

 あとあれ、随所にシンジくんの母親による語りが入るのも特徴。語りっていうか、インタビュー形式なんだよね。プロスポーツ選手の母親が『あの子は昔っから〇〇一筋で~~~』みたいなVTRが流れるような調子で、大したことないワナビの人生を語らせてるのがシュールで痛々しいというかもの悲しい。その反面、ほじくり出せばちょっと語れるぐらいの半生であるのも面白い。

絵を描きたい初期衝動

 一応見に行った回が舞台挨拶(?)で監督が出てくるときで、そのときちょろっと言ってたのがマサルくんの絵を描く動機が初期衝動で云々(ぶっちゃけほとんど覚えてない)というもの。
 で、これを聞いたとき思い浮かんだのが、別に主人公ってどんな絵とか話を作りたいみたいな話一切してなかったよなーってとこ。一回だけ編集に対して自分の作品を推したときも意識高い系の横文字連打みたいなのでギャグっぽく描写してるし、作品の中身に触れられるシーンもほとんどない。どっかでちゃんとその辺を言ってるシーンがあった気がするけどちょっと覚えてないのがあれ。

 でも絵を描きたい、絵を描く人になりたい、ってのは主人公が一貫して持ってるメンタリティ。マサルくんがマスクマンばっかり描くのも同じじゃねーかと思う。それは難しいこと考えて作風がどうとか絵柄が云々だとか語るもんじゃなくて、子供の頃にただ描きたいから描くみたいな、つまり初期衝動ってやつなんじゃないですかね。
 まあおっぱいでもいいし、パンツでもいいんだけど、とにかくなんかしらを描ける環境にいれば主人公が救われる要因になるんじゃないかと。回りくどい理想像とかはこの際どうでもよくて、タイトルにもある通り『絵描き』であることを説いた作品であるとまあ少なくとも俺は感じた。

主人公じゃない誰かの話

 上にあるインタビュー記事の中に、

「自分にはやはり物語の主人公になりえないような人を描きたいという思いがあるんです。最終的に成功者になるわけでもない、何者にもなれない人をテーマに描きたいといつも思っていて。あるいはクリエイター崩れの、でも絵描きのピラミッドの中では一番多い層みたいな人のことです」

 という言葉がある。社会からの評価とは関係なく純粋に描きたい絵を描くマサルくんと、商業に進んで評価されずボコボコにされるシンジくんは、物語の主人公にはなれないという点で共通する。無論シンジくんは今作において主人公ではあるんだけど、ありふれたワナビ像を(一応コミカライズの仕事がある時点でハイワナビだとは思うが)なぞっている時点で主人公的ではないのはたしか。

 まだ彼らが小学生だった頃、作中の絵柄は子供らしくもコミカルだった。それが中学生になって、高校、大学といくにつれ、主人公の絵柄は順調に進歩していく。進歩していく中で、特徴豊かに描かれていたモブキャラがだんだんとリアリティを帯びていく。賞を取ったり周囲からもてはやされたりと主人公気分を味わっていた主人公が、徐々に現実に飲まれていって漫画の世界から引き離されていく感は演出の賜物だと思う。
 特にコミカライズに失敗して実家に帰り、完全に画面が実写になったとき、彼の夢が終わって主人公でもなんでもないその辺に人になり下がったことを実感する。夢破れて実家暮らし。最高にダサいその姿が、ありふれた一般ワナビの末路なんだなって思うと泣けてくる。

 この辺り、母親の語りがすごい刺さる。息子に対してある程度の応援をしつつも理解はされていない感じ。コミカライズのときのよくわかってない雰囲気や、夢破れたシンジくんをただのプー太郎みたいに扱ってるのが、世間一般から見た彼の人生に対する評価をシンプルに表してる。一応は努力して漫画家になったし、そこに至るまでのストーリーもあるにはあるんだけど、端から見ると有象無象のその他大勢にしか見えないっていうね。

 で、しんじくん(30歳)がまさるくん(30歳)の個展で、子供の頃の原風景を目にしたとき、まあ彼は初期衝動を思い出すわけ。おっぱいとか描くし。ちなみにこのおっぱいがめっちゃ上達してるとこにも哀愁が漂う。二十年かけておっぱい描くの上手くなって、プロにはなってないけど少年に喜ばれてるこの感じ。
 そんで初期衝動に刺激されて、また実写から絵の世界に戻るシンジくんに母親の語りが被さってくる。「まーたあの子は絵描きになるとか言って、いい年にもなって」みたいな(完全にうろ覚え)。まあ物語のモブが身の程もわきまえないで夢追い人になったら周囲からそういう風に評価されるのは当たり前で、だけども彼はそれに対して「うっせえ!」の一言で一蹴する。いや一蹴できてんのかはわかんないけどね、でもそこで物語は終わる。結局シンジくんは成功らしい成功をしていないけど、これからもなにかを描き続けることには違いない。

まとめ

 ステ女のときもそうなんだけど、俺が好きなストーリーの方向性なんだよね。だから評価が面白いかどうかよりも単純に好きだよねこういう話って感じになる。

 んでテーマ性もステ女と似たようなところがやっぱりあって、あれは捻くれまくった主人公が自分の価値観でゴリゴリいって(最終的には他の部員と和解するけども)自分のやりたいことを突き詰めるためにドンパチする話。今作も他人から評価されたいのはもちろんだけど重要なところで評価どうこうより自分が描きたいから描くよって話。
 斜に構えたオタクが好きそうで、なんならぶっちゃけ最近こういうの増えてきてるっしょって思うんだけど、俺は未だにこういうのが好きだね。そんでこういうのを結構上手く作れる人として川尻将由を推したい。今作は20分で正直物足りなかったからステ女も推したい。そういう感じで。