くだらねえオタクの話をする

『こみっくがーるず』から見るきららアニメの好みについて

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 俺はきらら作品が特別好きってわけでも嫌いってわけでもない。まあ昔はきらら系列なんて全部中身からっぽのクソだと思ってた時代もあったけれど、最近じゃそういう偏見もなくなって普通に見てる。ただやっぱり好きになれるきららアニメ(原作はだいたい読まないのできらら作品ではなくきららアニメとする)とそうでないものがある中で、どうにもその基準がどこにあるのか自分でもわからない。特にごちうさが良くてきんモザが駄目なのとかがよくわからん。好みの問題といえばそれまでだけど、それで終わらせてしまえばそれこそ中身空っぽの何も考えてないクソになってしまうので、やはりここはオタクらしく好みを文章化しつつ感想を書いていきたい。まあ就活で自己分析力とか鍛えられたし余裕だと思う。

※ちなみにこれは八話ぐらいまで見た感想です。

キャラクター

 なにはともあれ、きららといえばキャラクターがお話のメイン。キャラクターが可愛くなけりゃ語るまでもない。

 こみがのキャラで個人的に好きなのは薫子小夢。まあ言ってしまえばピンクコミュ障ロリ巨乳。属性の好みははっきりしてますね。特に薫子は一応主人公ポジということもあって、そこを気に入ることができるかどうかは作品をすこれるかどうかにおいてかなり重要。ピンクとロリは置いとくとして、コミュ障キャラってのはスロウスタートにもいたけどあっちも普通に好き。まあ陰キャコミュ障好きだしね。

 ただ普通の作品に比べて、日常モノでコミュ障キャラが映えるってのはたぶんあれ、俺がシンプルに可愛いだけのキャラとか作品が好きじゃないってのも繋がってると思う。要はキャラにしろ作品の雰囲気にしろ、少しひねくれてたりネガティブだったりした方が好き。癒し100%はさすがに寝てた方がマシなんでね。だから薫子が深刻なコミュ障で心配されるシーンとか、普通に漫画のネームがつまんなくてダメ出しされるシーンとか、そういうのがいい。あと別作品だと、ごちうさでココアがバレーボールでボコボコにされるのとか、酔ったシャロに殴られるのとか、そういうふざけた扱いをしてもいいキャラって日常モノだと貴重だと思う。現実でもほら、冗談を言えない程度の中途半端な知り合いとかと話してても微妙じゃん。そういうこと。

シコ

 遥か昔には萌えとかいう概念が日常モノで重視されている時代があったそうだけど、現代だとそれに加えてシコが重視される。萌えとシコは似て非なるもの。まあ俺は好きなキャラならだいたいシコるからあれだけど、世の中には可愛いをすっ飛ばしてシコられることに特化したキャラも存在する。要は小夢ちゃんのことである。ちなみにブレンド・Sにも夏帆とかいうシコキャラがいたが、シコリティの高いキャラってのはそれだけで作品に注目を集めるパワーがある。作品まるごとがシコに特化したひなこのーととかいうきらら作品もあるぐらいで(※きららだと思い込んでたけど普通に違ったみたいです。許してください)、やはりその力は侮れない。

 しかしその反面、シコリティだけで1クール12話を持たせるのはかなり難しい。当たり前の話だけど、三か月間もの間、常にシコり続けていられる人間はそんなにいない。ぶっちゃけシコキャラは三、四話もすれば飽きる。ブレンド・Sも中盤辺りからおっぱいの印象が薄れてきたし、こみがも小夢ちゃんでシコってたのは序盤ぐらい。なのでシコが強いのはいいことだけど、あくまでもフックでしかなく、その作品を好きになるかの基準にはなりにくいと思っている。

ストーリー

 若かりし頃の俺はきらら作品にストーリーなんてないものだと思っていたし、実際日常系という言葉があるぐらいだからストーリーの比重が少ないのは事実。かといってまったくないと決めつけるのは早計。普通にストーリー仕立てのきらら作品もあれば、ほとんど日常系ながらもストーリー性の垣間見える作品もある。こみがに関して言えば、「女子高生漫画家の成長」という確固たるストーリー性があるのが特徴だろう。

 ここでいう「ストーリー性」というのは「ストーリー」とは違う。もしあれだったら「テーマ性」といってもいいかもしれない。要は日常系において描かれるお話ってのは、きちんとしたゴールに向かって起承転結するタイプのそれではなくて、方向性だけ決めてなんとなくそっちへ向かってるのかな? ぐらいの感覚でいいのだと思う。で、俺としてはたとえ日常系でもそのテーマ性がある作品の方が好き。まあまったくない作品てのはほとんどないと思うのだけど、「これ中身ねえな!」と思うアニメってのはだいたいそれの見せ方が悪いか、単純に俺の気にくわない方向性を内包している気がする。

 こみっくがーるずの話に戻ろう。俺はかおす先生が漫画家としてあーでもないこーでもないとするのは結構好きで、時折他のキャラと自分を比べて鬱になるのも、毎話のエンディングで新しいネームを思いついては担当にゴミ扱いされて没になるお約束も嫌いじゃない。でも漫画家として実際に成長していくサクセスストーリーや、逆に成長しなさすぎて闇に落ちていく鬱シナリオとかはこみがに求めてない。適当に日常系をやりつつ、三歩進んでは二歩下がるような染みわたるストーリー性こそ俺がきららアニメに求めているものだと思う。(たぶんそんな感じ……)

ギャグ・演出

  これね。日常系の大半を占める要素のうち、萌えと残りの半分はギャグだと思う。お笑い的なレベルまでいかなくとも、キャラ同士の掛け合いなんかでもただキャラが可愛いってだけのアニメは絶対に間が持たない。持つやつがいたらそいつはマジでセンスがないか脳みそがチンコになってるタイプのオタクだと思っていい。

 で、まあギャグセンスに関してはあまり語れるようなことはないが、特にアニメにおいては、わりと演出が重要になってくる。正直言って目くそ鼻くそみたいな原作のギャグでも、制作会社による演出の仕方の違いで結構な差が出ているように感じるのである。特に俺が一番気になるのは、テンポの良し悪し。俺がテンポ厨なのもあるけど、ぶっちゃけアニメのギャグは軽くて速い方が強いと思う。

 たとえば四コマ原作で最後のオチにあたるコマをアニメ化した際、オチでやたらと間を作ってためてためてドーン、みたいな演出は悪い例に挙げたい。そういう意味ではこみがの翼さんによる少年漫画的演出はなんかいちいち尺取りすぎで鬱陶しいと思ってる。たまに面白いけどね。

 で、基本的にこみがは結構テンポよくやってる方だと思う。軽いジャブをずっと打ってる感じ。漫画のコマみたいなのでキャラの顔を映す演出が多いけど、テンポを崩さないで出来る演出なのがとてもよいのではないでしょうか。あと基本的に薫子ができない子だから、薫子が弄られ役というか殴られ役になる展開に躊躇いがないのも良い。漫才ってボケとツッコミでやるじゃん。バカがいないと成り立たないんだよな。だから可愛いだけの女しかいないよりは、頭をはたかれてもいいキャラがいる作品の方が面白いってことだよ。

まとめ

 感想書いてみて思ったけど、わりと薫子に対しての好感度が高いんだなって感じ。やっぱりそういう意味ではキャラクターがメインのジャンルですね、きらら系列。

 ストーリー性についても、基本的にはキャラから湧き出てくる要因なわけだし、シコも萌えもそうだしギャグだって基本はキャラの掛け合いから。いろいろ理屈をこね回したけど、やっぱりメンタルの弱いピンク色が好きなんですね。

 あと再三言うけどこみがはテンポいいよね。作ってるとこが単純に強いんだと思う。ストーリー構成でも尺のバランスすなわちテンポが重要だけど、日常系なんかはそれこそ頭を使う余地が少ないからこそ、その辺の感覚に訴えかけるところで心地いい展開ができているかどうかでだいぶ変わってくる。結局感覚だから、やっぱり好みの違いってことなんだけどね。

 

こみっくがーるず 1巻 (まんがタイムKRコミックス)

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